**4-1 溶けたチョコレート。
りのと梛は、またあの公園にいた。
公園で仲直りしてからすでに四年の月日が経っており、彼らは小学五年生になっていた。
強い日射し、そして青々と茂った木々の葉は夏の訪れを感じさせる。
こんがり日に焼けたりのとは対照的に、梛は相変わらず透き通るような白さだ。
彼らよりも小さな子供たちの無邪気な笑い声。
二人がいるのは、遊具のある場所とは少し離れており、ただ草が生い茂るばかり。
だが楽しそうな笑い声は二人のいるところにまで響いている。
きょとんとした顔でりのを見つめる梛はすらりと背が高い少年となった。
そんな梛よりも背が高いりのは、うつむいたまま梛に歩み寄り、後ろ手に隠していた袋を差し出した。
それはスイカや風鈴が描かれたオレンジ色の袋で、袋の口部分は黄色と黄緑色のリボンで閉じられていた。
ラッピングされた袋を受け取ったまま固まっている梛に、りのがぶっきらぼうに言う。
「……早く開けなよ」
あ、うん、ごめん。
そう言って梛は慌ててリボンを解き、袋の中身を取り出した。
「なに、これ?」
「なにってチョコレートだけど……あぁ⁉︎ 溶けちゃってる……」
透明な袋の下のほうに、茶色くどろりとした液体が溜まっている。
こんな暑い日にチョコレートをプレゼントしようとするという行動からわかる通り、りのは少々勉強が得意ではない。
大げさなほど肩を落とすりのと溶けたチョコレートを手に持つ梛の間には、重い沈黙が流れた。
「ごめんね、それは私が持って帰るから返して」
りのは下を向いていたが、地面は彼女の目から流れた大粒の涙で濡れていた。
戸惑う梛の手から袋を奪うように取ろうとしたりのに、梛はすっとハンカチを差し出した。
「気にしないで、また冷やして食べるから。ありがとう。ほら、涙拭いて?」
「うぅ……っ……好き……」
「え?」
「私ね、梛のこと好きなの……」
「……え?」
突然の告白を聞いた梛は、初めはきょとんとしていたが、次第にりのの言葉の意味がわかったのか顔を赤くしていった。
りのはというと、涙でぐちゃぐちゃになったままだ。
「だから、私、梛のことが好きなの!」
梛が自分の言葉を聞き取れていないと思ったのか、大声で叫ぶように言った。
「ああ、いや、聞き取れなかったわけではないんだ」
慌ててりのの大胆な告白を遮り、どうして良いかわからないように頭を掻いた。
梛は学年で一番と言って良いくらいに女子に人気がある。
そのすっとした顔立ちやすらっと高い身長、そしてなによりも穏やかな性格は他の男子たち……鬼ごっこやドッヂボールを好む男子たちと比べると大人びていて魅力的に見えるのだろう。
これまでも何度も告白されてきて慣れているはずの彼がこんなに驚いて戸惑っているのは、告白してきたのが“りのだったから”である。
それまで喧嘩しつつも都、梛、りの、ほのは仲良しの四人組であり、友達として遊ぶことはとても多かった。
小学五年生になってもなお梛は一緒に遊んでいたのだ。
そんな仲の良い友達であるりのの告白というのは、彼にとって特別なものだった。
梛はしばらくなにも言っていないが、それに構わずりのはほぼ一方的に言葉を続けた。
「別に返事とか大丈夫だから、忘れて。……じゃあね!」
「ちょっと待って……」
りのは制止する梛を無視して走って行った。
彼女は梛のハンカチを握り締め、鼻水をすすりながら公園から去ってしまった。
人気の少ない公園に一人ぽつんと残された梛は、手をりのがいたほうに伸ばしたまま動かなかった。
彼のその拳はぎゅっと握られ、力が抜けたかのように手がぶらんと下ろされた。
結局手に持ったままのチョコレートは、当たり前だが先ほどと比べて溶けているわけでも固まっているわけでもなかった。
その柔らかい溶けきったチョコレートは、まるで梛の心境を表しているようだった。
次の日、梛は教室の前でドアノブに手をかけたまま動かずにいた。
後ろからクラスメイトがやってきたため、仕方なくドアを開けた。
もうすでに登校していたりのは、都の席で話していた。
梛が入ってきた瞬間ちらりと彼のほうを見たが、笑顔のまま手を振った。
「おはよう!」
りのの声に続いて、都とほのも“おはよう”と言った。
“なぜ彼女はあんなにも平気な顔をしているのだろう”……そんな疑問を抱いたまま、梛も手を振り返した。
「おはよう」
梛の笑顔は引きつっていた。
だがそれに気付いたのは、幸いにも都だけであった。
そのあともりのはいつも通りだった。
いつも通り話しかけるし、笑いかける。
梛だけが意識しているようで、彼は内心首をかしげていた。
クラスメイトが聞いているこの場所で昨日のことを尋ねるわけにはいかない。
放課後、昨日のことについて話してみよう……彼はそう決心した。
ついに放課後。
梛は緊張状態のままで、りのに話しかけようとした……のだが。
「梛もバイバイ! また明日!」
「うん、バイバイ」
りのは明るい笑顔を見せたまま下校してしまった。
いつもは一緒に下校しているのだが、今日は医者に行く用事があるというので先に帰って行った。
梛にはりのを引き止める勇気はなく、流されるように“バイバイ”と言ってしまった。
梛がどうしようとでも言うかのようにおろおろしていることに気が付いたのは、やはり都ただ一人であった。
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