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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第三章 悩み、進む。
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**3-9 笑顔を取り戻す。

 あまねが走って公園に入った。

 公園の土に混ざっている大きめの石に足を取られ、非常に動きづらい。


 公園内を見回すも、りのとほのの姿は見えない。

 だが周は迷うことなくドラム缶のほうへ行き、覗き込んだ。

 ドラム缶は三つあったが、左側から順に見ていく。

 一つ目には……いない。二つ目には……小さな靴が落ちている。

 そして三つ目には……体育座りをして見上げるりのとほのの姿があった。

 二人は周が視界に入った途端、びくっと肩を震わせた。


「……どっか行って!」


 小さな少女が怯えた眼をして発したのは、強気な言葉だった。


「大丈夫、怒ったりしないから出ておいで。ほら」

「……ふんっ」


 周が差し出した手を振り払い、つんと横を向く。

 周は気の強い二人の態度に心が折れかけて思わずため息をついた。


 仕方がないのでドラム缶を覗き込む体勢のまま話し始める。


「なんでなぎくんが謝ったときも無視したの? 後悔していない?」


 二人は顔を見合わせるだけでなにも言わない。

 周はにやりと意地悪な笑みを浮かべた。


「良いの、また無視して? 戻れなくなるよ? また後悔するよ?」


 彼が意地悪な笑顔で“また”と言った理由……それは、初めに“後悔”という言葉を聞いた瞬間に二人の足を抱える腕が力んだように見えたからである。

 図星を突かれたとき、無意識的に力が入ってしまうものだ。

 そう考え、わざと“また”を強調したのだった。


 二人はうつむき、さらに足を抱える腕に力が入った。

 一人が周のほうを見上げて、恐る恐る話し始めた。

 前髪を赤い星型のピンで留めているからりののほうであろう。

 ちなみにほのは青い星型のピンで留めている。


「だって……いつも梛くんは“なんでも良いよ”って言うんだもん」

「うん?」

「ケーキを選ぶときも、なにで遊ぶか決めるときも、縄跳びの縄を何色にするか決めるときも“なんでも良い”って。可哀想かわいそうだから聞いたのに、また“なんでも良い”って」

「……梛くんの意見を聞いてあげたかったのに、なにも言ってくれないから怒ったの?」

「怒れば言ってくれるかなって思ったの」


 どうやら、子供らしい可愛い理由で怒ったようだ。

 梛を可哀想に思って怒ったのならば、りのとほのは梛を嫌っているわけではない。

 周が思ったよりも仲直りは容易に出来そうである。


「梛くんは、さ。二人に選ばせてあげないと“可哀想”だと思ったんじゃないかな?」


 本人に聞いたわけではないからわからない。

 だが梛の優しい性格を考えると、二人に選ぶ権利を譲ってあげたという可能性が高い。

 周はゆっくりと言葉を選ぶように話す。


「二人が怒ったときも、梛くん自身の食べたいケーキを選ぶより、二人が食べたいケーキを食べさせてあげようって思ったのかもしれないよ」

「なんで?」

「それは……梛くんは二人が満足してくれるのが嬉しかったからじゃないかな?」


 ほのが“嬉しかったから……”とつぶやいて、りのと顔を見合わせた。

 しばし考え込むように頭に手を当てたあと、頷いて話し始めた。


「たしかにほのたちが梛くんに“ありがとう”って言うと、梛くんね、嬉しそうに笑うの。ただ“ありがとう”って言っただけなんだけど……」

「りのたちに“ありがとう”って言われるのが嬉しいのかな、って思うの」


 周はにっこりと歯を見せて笑った。

 彼女らの頭を、しっかり結われた三つ編みは気にせずにぐしゃぐしゃと撫でた。


「そう、やっぱり二人はわかる子だね! 偉い!」


 初めはびっくりしたように目をぱちくりさせていた二人だったが、次第に無邪気な笑顔を見せた。


「くすぐったいよー」


 きゃははという笑い声が静かな公園に響いた。


 二人が周の手を借りてドラム缶から出た。

 周はくるりと後ろを振り返った。

 後ろには木の陰で不安そうにやり取りを見守る梛とみやこがいた。

 ドラム缶の中と外で大声で話していたので、二人にも会話の内容は聞こえていた。


 周が微笑んで手招きすると、おずおずと木の陰から顔を覗かせてりのとほののほうを見た。


「都ちゃんと……梛くん⁉︎」


 りのとほのは、無意識的に周の後ろに隠れた梛に近付いた。

 その動きはシンクロしており、まるで二人三脚をしているかのようだった。

 二人はこれまた同時に手を差し出して言った。


「ごめんね。梛くんの欲しいものを食べさせてあげたくて怒っちゃったの」

「ごめん。この公園に来たあと、“やっぱり謝れば良かった”って思ったんだよ」


 少し瞳をうるませてそういう二人は言葉を続けた。

 最後のほうはもうなにを言っているのかわからなかったが……必死だった。

 梛は周の後ろからゆっくりと出て、二人の手を同時に取ってぺこりとお辞儀じぎした。


「僕もごめんなさい。二人は僕のために欲しいもの聞いてくれたのに」

「りのたちもごめんなさい……」


 手を強く握り締めたままの梛たち。

 三人が“ごめん”と言い続けているとき、突然手を叩く“パン!”という音がした。

 周が白い歯を見せて笑っていた。

 三人の小さな手を、彼の大きな手が包み込む。


「“ごめんね”は一回だけで良いの。ほら、笑顔笑顔。都も一緒に遊んで来なさい!」


 四人は顔を合わせてふふふと笑った。

 手を繋いで公園の真ん中にあるすべり台へと駆けて行く子供たちを後ろから見ていた周は、はあっと息を吐いてへなへなと座り込んだ。


「仲直り出来て良かったな……」


 あんなにつらそうな顔をした都を見るのは初めてだった。

 彼はなによりも笑顔を取り戻せたことに安堵あんどしていた。

 常に明るい表情を見せている周だが、こういうことは初めてだったので緊張していた。

 彼はしばしそのなんとも言えぬ達成感と安心感に浸っていたのだった。

八月中は長期間のお休みをいただきましたが、九月は積極的に活動していきたいと考えております。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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