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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第一章 こうして二人は出逢った。
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**1-1 名に込めた想い。

 なぜ自分は赤ん坊を拾ってしまったのだろう……そう、あまねは少し前の自分に問いかけた。


 彼女と同棲していた一軒家、今では一人暮らしだからずいぶんと広く感じる。

 二人の収入や貯金を合わせてどうにか東京の端のほうに買ったこの家は、本当に狭い。

 狭くて小さいからこそ一括払いという思い切った道を選択出来たのだった。

 だから彼女と同棲していたころはかなり狭く感じたものだ。

 その狭い一軒家の中に赤ん坊の泣き声が響き渡っている。

 大きな泣き声に、改めて一軒家を購入して良かったと思わされた。


「お願いだから泣き止んでくれないか」


 ずいぶんと伸びてしまった髪をかき上げ、困ったように頼んだ。

 赤ん坊はそんな周の様子には気付かず、泣くばかりであった。

 泣き止まぬ赤ん坊を抱きかかえて揺らしてみるも、まったく収まる様子はない。

 周の額には大粒の汗が浮かんでいて、髪はぺったりと顔に張り付いていた。


「君が泣き止むにはなにをすれば良いのかさっぱりわからないよ……」


 ふと周ははっと気が付いた。

 普通、我が子のことを“君”だなんて呼ばないのではないか? と。


「そうだな……じゃあ今日から本当の名前が見つかるまでは、お前はクラキミヤコとして生きてくれ」


 周は、机の端に置いてあったメモ帳に“倉木 都”と丁寧な字で書いた。

 それを赤ん坊……つまり、都に見せる。当たり前だが、特に反応はない。


「ごめんね、こんなに適当に付けた名前で」


 謝る雰囲気を察したのか、都は途端とたんに大人しくなった。

 彼女が泣きすぎて吐きそうな声をあげていたので、周は心の底から安心した。

 自分の手で子供一人の命を奪ってしまったら……想像しただけでぞっとした。


「俺のお願いを聞いてくれたの? なんて良い子なんだ。さすが俺の娘だな」


 彼はさっそく親馬鹿ぶりを発揮して笑った。

 都と出会って初めての笑顔だった。

 それも当たり前かもしれない。だって彼は自分の子供を持つという夢を叶えられなかったのだから。

 周は、都のつるんとした額にキスをした。


 適当に付けた名前。

 周はそう言ったが、都という名前には深い意味がある。

 周の彼女の名前、それがミヤコなのだ。

 彼女の名は、村田むらた みやこといった。

 赤ん坊に都という名を付けたことからわかる通り、周は二年経った今でも片時も京のことを忘れたことはない。

 酔ったときに叫ぶ名も京だけだった。

 ただ拾っただけの赤ん坊と言えばそれまでだが、周はこの赤ん坊に運命のようななにかを感じていた。

 だからこそ、この赤ん坊に京への強い想いを乗せて都という名を付けたのだ。

 もっとも、本人はこの赤ん坊に京への想いを込めて名を付けたことに気が付いていなかったが。


 周は、いわゆる捨て子に関する手続きについてインターネットを使って調べた。

 彼は両親とは絶縁状態であり、その手助けを求めることは出来ない。

 役場へ行って戸籍などの手続きを済ませた。

 たくさんの窓口を回らされ、周は手続きだけで体力を使い果たした。

 こういうことは初めてのことだった。

 発見者が捨て子の親として養っていくと一度決めたのならば、もしその保護者としての責任を果たせないようなことがあった場合、一生かかっても払えない金銭を罰金として国に払うことになる、という特殊な制度がある。

 発見者に育てたいという意思がなかった場合、国に預け、里親となる人を探すことになる。

 本来人の生命に値段をつけてはいけないのだが、罰金を払わせることが今の日本では一番の罰となる……そういった理由から、法律で決められている。

 苗字は養育者の苗字となる。名前も養育者が決めて良い。

 戸籍は複雑になるものの、苗字は同じ、名前も養育者が決めたものだから、普通の家庭となんら変わらない。

 血が繋がっていないこと以外は……。


 なぜ罰金などのリスクを背負ってまで周がこの赤子を育てると決めたのか。

 それは、京との約束があるからだった。

 生前、京は良く言っていた。私たちに子供が出来たら立派な大人に育ててあげたいわね、と。

 結局京は事故に遭って、二人の約束は果たせぬままだ。

 周は、彼女との約束を果たせなかったことを後悔していた。

 今は“私たち”で育てることは不可能だが、せめて立派に成長した自分の子を天国にいる京に見せてあげたい……そういう思いがあったから、周は辛い道を選択した。


 都が赤ん坊と呼ばれるような年齢の間、少しの期間だけ会社を休むことを決めた。

 上司は不満そうだったが、思いきって都のことを話した。

 彼も三人の子供を育てた父だからか、“立派な大人に育てろよ”と言って許した。

 さらに、“困ったことがあったら言って、助けるから”という優しい言葉までかけてくれた。

 元から知ってはいたが、やはり上司は優しかった。


 一ヶ月近く休んだあとは保育所に預けることにした。

 捨て子を育てる家庭は、わずかながら優先的に入所出来るのだ。

 その優遇のおかげで今話題の“待機児童”なる状態にはならなくて済むと言って良いだろう。

 近くに保育所があるため、すぐに迎えに行ける。それは働きながら育てる周にとって好都合だった。


 血が繋がっていない親子。血筋で言うと、“他人”の親子。

 今はまだ都が小さすぎるので、この複雑な親子関係について話すつもりはない。

 だが、問題は都が成長していくにつれて増えていくだろう。

 ある程度の年齢になったら、話さねばならないときが必ず来るはずだ。

 そのときにショックを受けてしまうため、その後の心のケアが大切だと役場職員が周に教えた。


「くよくよ悩んでも仕方ないな! ……一緒に行くか? 都のために買うものがたくさんあるから、今すぐ買って来るけど」


 周は答えられるはずのない都に尋ねてしまったことに気が付き、笑った。

 こんな赤子を外に出させるのは危険だとも思ったが、この暑い中に一人で待たせておくほうが危険だ。

 そう考えた周は、都をタオルでくるみ、抱きかかえて車に乗った。

 先ほど役場で“チャイルドシートに乗せてください”と言われたものの、チャイルドシートなんて持っているはずがない。

 頭の中で、チャイルドシート、チャイルドシートと繰り返してから、周は車を発進させた。


 車で少し行った先にあるショッピングモール。

 ここには、小さな子を持つ親たち御用達ごようたしのベビーショップがある。

 周は初めてその店に足を踏み入れた。

 初めて見るベビーグッズばかりで、周は興味津々で見て回った。


 周りには都のような泣き声をあげる子供たちがたくさんいる。

 まるで都が泣いているかのようで、思わず都の顔を頻繁に見てしまった。

 居心地も悪いし、長い時間都をここにいさせるのは危険だ。

 そう判断した周は、ベッドやベビーカーはもちろん、ガラガラなどの玩具おもちゃも購入した。

 財布に余裕があるとは言えない彼にとって一度にこの大きな出費は辛いが、何食か食事を抜けば済むとあまり深く考えずに買った。

 チャイルドシートを買った。都の安全を考え、比較的高級なものである。

 さっそくチャイルドシートに乗せようとしてみる。だが、なかなか上手くいかない。

 都はくにゃくにゃしているし、ベルトの締め方がわからないしで、周は五分くらいチャイルドシートと格闘していた。

 そしてやっと都を乗せることが出来た。

 まさか自分で子供をチャイルドシートに乗せることになるとは。

 自分の子供を諦めていた周は、都をチャイルドシートに乗せただけでなんだか不思議な感動を覚えた。


 家に帰ってすぐ、都の目の前でガラガラを振って見せてやった。

 まだ笑顔を見せられる年齢ではないため無表情のままだが、ガラガラをじっと見つめているかのように見えた。

 “きゃははは!”、そう笑う都の声が聞こえた気がした。

 なんだか嬉しそうな都につられるように、周も思わず笑みを浮かべた。


「やはり一人暮らしよりも賑やかで良い生活だな……」


 周はそうつぶやき、さっそく喜ぶ都の写真を何枚か撮った。

今話に登場する養子制度は現在の日本では存在しておりません。



**次回更新……5/29までくらいには必ず。


~05/27 加筆、修正完了

~05/28 加筆、修正完了

~05/29 加筆、修正完了

~06/11 加筆、修正完了


~07/12 改稿完了

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