**3-7 新たな環境。
胸元に赤い大きなリボンがついた白いワンピース、黒いジャケットを着て、黒いぴかぴかの靴を履いている都。
彼女の背中には、真っ赤なランドセルが背負われていた。
彼女の頭の上にある黄色い帽子もそうだが、つい最近まで幼稚園児だった都が身につけると違和感があった。
クラシックの名曲が流れる体育館。
保護者席の間を、今年度から小学生になる子供たちがゆっくり歩いていく。
全員が緊張した様子で、きょろきょろと周りを見る子供、母親と目が合ってにっこり微笑む子供と、一人一人が自由に動いていた。
その中で都は一番と言っても良いほど緊張していて、手と足が一緒に出てしまっていた。
「あの子可愛いわね、いかにも“緊張しています”っていう様子で」
周の前の席にいる母親が、都を見てそう言った。
その人を中心として、笑い声は広がっていく。
くすくすという母親たちの笑い声は決して気分の良いものではなかった。
都自身も自分が笑われているのだとわかっているらしく、さらに顔を強張らせた。
助けてやりたいが、周には保護者席から見守ることしか出来ない。
こういうときになにもしてやれない自分を不甲斐ないと思い、大きなため息をついた。
一人一人名前を呼ばれ、呼ばれた生徒は大きな声で返事をして立つ。
この入学式で、個人としてなにかをする場面はここだけ。
「一年五組、倉木都さん」
「はい!」
今度はしっかりと返事が出来た。
都の元気な声は広い体育館に響き渡った。
都が幼稚園入園当初と比べて成長しているんだ、ということを改めて認識し、周は感動して拍手しそうになった。
この小学校に入学するのは、“ぺんぎん幼稚園”の卒園生ばかりだ。
都と同じ“きりん幼稚園”の卒園生は、都を除くと五人しかいないそうだ。
一学年百五十人なので、三十人に一人、クラスにおよそ一人しかいないことになる。
もうすでに幼稚園のころからのグループが出来ており、先ほどの前にいた母親はもっとも大きなグループのリーダーのようである。
周は父親、つまり男性だということもありどのグループにも属していない。
無所属の保護者は一部しかおらず、自然と無所属組だけで集まることになってしまう。
周は別に友達が欲しいわけではないのでまったく気にしていない。
入学式が終わり、生徒たちはみんなクラスへと向かう。
保護者たちは体育館に留まり、保護者会という名の会に参加した。
小学校での学習や規律について先生から話があり、その後はクラスごとに分かれて担任の挨拶を聞いたあと、親たちは自己紹介などをした。
担任はとても人の良さそうな女性の若い先生で、周は安心した。
周が保護者会に参加しているとき、都は一年五組の中にいた。
彼女の持ち前の明るさで、先ほどまでの緊張感はどこへ行ったのやら、多くのクラスメイトに囲まれていた。
担任が保護者会で不在のため、しばらくは自由な時間だった。
男女関係なく誰とでも仲良く話し始めた都だったが、特に仲良くなったのは双子の“りの”と“ほの”だった。
さらに、“梛”という少年とも仲良くなった。
“倉木都”と“如月梛”なので名前の順が近く、隣の席なのだ。
「僕、梛って言うの。よろしくね」
「私は都だよ、よろしくね!」
大人しくて控えめな梛を引っ張っていくように明るい都がその手をぎゅっと握った。
梛は可愛らしい顔立ちなので、あまり“男子”という認識はない。
「“ふたご”? なにそれ?」
「私たち、同じ日に誕生日なの! 私は、猪瀬りの!」
「私は、ほの! よろしくね」
「よろしく、りのちゃん、ほのちゃん」
都にはどちらがりのでどちらがほのなのか分かっていなかったので、二人同時に手を握った。
初めての“双子”のクラスメイトに、都は驚いていた。
担任の女性教師、斉藤先生がクラスに入った。
自分の名前が筆で大きく書かれた半紙を見せて言う。
「はい、今日からみんなの担任になります、斉藤です。よろしく!」
「よろしくね!」
「よろしくお願いします、って言うのよ、先生には。まあ、私は良いけど」
斉藤先生はこんな調子の優しい先生だった。
生徒たちはまだ小学一年生。
先生の問いかけに対して大きな声で返事をする。
そのあと全員が自己紹介したのだが、生徒が自己紹介をする度に先生はなにか一つ質問をした。
「倉木都です。お絵描きするのが好きです。よろしくね!」
「お絵描き? なんの絵を描くの?」
「ワンちゃんとか、ニャンちゃんとか!」
「そうなんだ、今度先生にも描いてね」
にっこり笑ってそう言った。
この一日だけで生徒同士の距離だけではなく、先生と生徒の距離もぐっと縮まった。
“猪瀬”、“如月”……どこかで聞いたことはありませんか?
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