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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第三章 悩み、進む。
17/40

**3-6 懐かしい味。

 暗い夜道の中、あまねは車を走らせていた。

 その隣ではみやこが穏やかな寝息を立てている。


「さっきまで“帰りたくない!”って騒いでたのに……」


 周はふふっと笑った。

 実は彼は、この都の自由な無邪気さに支えられている部分が多くあった。


 その翌日、周の家の住所を書いたメモ用紙を持って、周の父と母が二人の家を訪れた。

 都は、祖父母との再会を喜んで踊っていた。

 母が初めて見る息子の家をぐるりと見渡して言った。


「周、あんた良く自炊するの?」


 母はキッチンに置いてあるフライパンの焦げつきや、冷蔵庫前に置いてある食材が入った袋を指さしていた。


「ああ、うん。惣菜とか冷凍食品だけじゃ都の健康に良くないと思って最近は俺が作ってるよ」

「スーパーマーケットにマイバッグも持って行っているみたいだし……すごいわね」

「料理とか生活術は近所の“中村さん”に教わったり、スーパーマーケットで周りの人を見て勉強中なんだ」


 このごろは、都がきっかけで、周も中村さんと頻繁に言葉を交わしている。

 そのときに基本的な家庭料理を教わったり、主婦たちの生活の工夫を教わっているため、家事未経験の周のレベルはどんどん上がっているのだった。

 三月中に近所の主婦たちが集まって“情報交換会”という名の食事会を開くらしく、それに周の招待されていた。


 この通り、周は都のために家事全般のレベルアップが必要だと考えている。

 栄養バランスを考えた食事を作るためにレシピブックを買い、最近やっと肉じゃがを作れるようになった。

 まともに家事をすることは初めてばかりで覚えるのは大変だが、“都のため、都のため”……そう思って努力を積み重ねている。

 彼は都のためになるとなれば、身を削って努力を続ける父親になっていた。


 それを知った母は、感動していた。

 みやこの葬式のときの、まるで抜け殻のような周の姿……それは母の胸の中に深く刻み込まれていた。

 大切な息子あまねに突然訪れた不幸。

 可哀想かわいそうで仕方なく、その痛みを代わってやりたいと思うほどだった。

 そんな彼が今、新たな趣味を見つけて楽しそうに話している。

 母は周が都によって変わったことを改めて認識した。


 まだ寒さの残る三月。

 母は部屋の中で暖かなオレンジ色の光を放つストーブを“OFFオフ”にして、車の鍵を周の目の前で揺らした。

 まるで催眠術をかけようとしているかのような動きに、周は首をかしげる。


「……なに? 寒いんだけど」

「ショッピングモールへ買い物に行きましょう。ほら、都ちゃんも一緒に!」


 良くわからないまま、二人は母に連れられて父が運転席に座る車に乗せられたのだった。


 ショッピングモールには、“春の新生活セール!”と書かれたポスターがところどころに貼ってあった。

 母がなにも言わずに二人を連れて行ったコーナーは、まさにポスターの新生活セールコーナーだった。


「お金はたくさん持って来たから、好きなランドセル買いなさいよ!」


 その言葉に、都が真っ先に瞳を輝かせた。


「ランドセル……⁉︎」

「なんでも良いって。好きな色選んで良いよ」

「パパも一緒に来て」


 くいくいと周の裾を引っ張り、ランドセルが並ぶ棚を見て回る。

 機能性に優れたもの、軽量化されたもの、可愛らしい刺繍ししゅうが施されたもの……それぞれに特徴があり、どうしたら良いかわからなかった。

 周はなにも口出し出来ないので、ランドセル選びは本人みやこに任せることにした。


 都が手に取ったもの、それは真っ赤なランドセルだった。

 他にもハートや星が散りばめられていたり、綺麗な桃色だったりするものはあるのだが、いかにもランドセルというようなものだった。


「これが良い!」

「良いの? もっと可愛い色とか、柄とか、軽いとかあるけど……」

「うん、これが一番可愛い」


 ランドセルだけで重いと背負うのが大変かとも思ったのだが、都はそれ以外にまったく興味を示さなかった。

 値段が他のランドセルよりも桁が一つ少ないそれをレジへ持って行き、母がお金を払った。

 母も、もっと高いのでも良いのに、と言ったが、都の希望するそれに決めた。

 都はランドセルの箱を入れた袋をぎゅっと大切そうに抱えた。


「おばあちゃん、ありがとう!」


 おばあちゃんと呼ばれたこと、素直にありがとうと言われたことが嬉しかったのか、母は満面の笑みを浮かべた。

 そんな二人の笑顔に、周と父の心まで温められた。


 家に帰り、夕飯を一緒に食べようという話になった。

 どこかへ行こうかという話もあったが、久々に母の料理を食べたいという周の提案が採用された。

 母の得意料理である、ポン酢と春菊の焼肉を作ることになり、父が食材を買いに行く係としてスーパーマーケットへと車を走らせて行った。

 周は母の味噌汁みそしる作り、焼肉作りを手伝っていたのだが、突然都が言った。


「都もお手伝いする!」


 慌てて踏み台を用意し、都はきゅうりの浅漬け作りを手伝った。

 袋に入ったきゅうりと浅漬けの素を揉むだけだから、彼女にも簡単に出来る。

 全員が手伝って作った夕飯を、全員で囲んで食べた。

 周にとってその夕飯は、いつものように二人だけで食べるよりもずっと美味しく感じた。

 そして母の味は懐かしく、学生のころを思い出していた。


 両親は、夜の九時くらいに帰ると言った。


「また来るね。都ちゃん、小学校楽しんでね!」

「うん、都もまたおばあちゃんの家行くね!」


 再び会うことを約束し、二人は帰って行った。


 両親が子育てを助けてくれることは、周の心に大きな余裕が生まれたし、都にとっても家族が増えたことは良いことだった。

春菊は三月に旬を迎える野菜だそうです。春、ですね。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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