**3-5 正直に、こっそりと。
まだ話したいことはたくさんあったが、窓から外を見るともうすでに陽が落ちていた。
「都ちゃんも待っていることだから、帰ろうか」
ちょうど周も“もう帰ろう”と思っていた。
子育ての先輩はやはり子供のことを良く考えていた。
家に到着すると、外にまで都の笑い声が聞こえてきた。
驚いて、思わず周と母は顔を見合わせる。
「ただいま」
家のドアを横に開く。
すると、すぐに都が駆けて来た。
その都の姿を見たとき、周は呆気にとられた。
「どうしたの、その髪型……」
都の髪は、上に向かってぴよんとヤシの木のように結ばれていた。
ゴムが絡まっているようにぐちゃぐちゃである。
都は自分の頭を触り、その“ヤシの木のような髪”をぎゅっと掴んだ。
そして、“にひひ”と歯を見せて笑う。
「これね、おじいちゃんが結んだんだよ! 面白いでしょ」
「……俺は真剣にやったんだ」
「あはは!」
奥から父が顔を覗かせる。
どうやら父に都を笑わせてやろうという気持ちはないらしく、ただ勝手に都が大笑いしているだけのようだった。
父の真剣さは、眉に寄せられた皺からわかる。
「ぴよーんぴよーん!」
「……うるさい」
うるさい、と言われても、自分の髪を持って引っ張ったり揺らしたりしている都。
なにがあったのかと聞くと、興奮状態のまま都は言った。
「ゴムが解けちゃって、おじいちゃんに結んでもらったの。そうしたらね、ほら、こうやってぴよんぴよんヘアになったんだよ! あはは!」
腹を抱えて笑っているが、周たちにとってはなぜ笑っているのか良く理解出来ない。
だがとりあえず、都の父に対する警戒心はなくなったことだけはわかった。
楽しそうに父と話す都を、周はリビングの隣にある和室に呼んだ。
格式高い和室という部屋の雰囲気、そして周のつくり出す緊張感ある雰囲気を感じ取ったのか、都は普段しない正座をした。
背筋はピンと伸びているし、その瞳も真剣だった。
「落ち着いて聞いてくれ。……俺と都は、本当の親子じゃないんだ。……今まで秘密にしててごめん」
都はなにも反応を示さない。
周はショックによってなにも言葉が出ないのかと思ったが、まずは事情を説明することが先だと考えた。
都でもわかるような言葉を選び、ゆっくりと出会いから今までの経緯を話した。
話し終わったとき、都はにこっと笑った。
「そっか!」
予想外の反応に戸惑いつつ、周が尋ねる。
「驚きとか、ショックとか……ないのか?」
「だってパパはパパでしょ? 都にとってのパパは、パパだけだから」
「都……」
その笑顔は引きつっているようには見えない。
本当に心からそう思っているのだろうか……少々疑問に感じつつも、父である周を責めることもせずにすぐ受け入れる都をぎゅっと抱きしめた。
都がいつの間にか大人になっていることに驚いていた。
しかし、都が驚きもせず周の告白を受け入れたのには理由があった。
周が母と出かけていた、あの時。
周の父は、風船でバレーボールを楽しむ都をソファに座らせて、自分もその隣に腰を掛けた。
遊びを止められた理由がわからずに父をじっと見つめる都に、彼はゆっくりと話し始めた。
「お前と、お前の父親はな、血が繋がってない親子なんだ」
「……どういうこと?」
「つまり、“本当の親子”ではない」
「……都の友達たちとは違う、の?」
「そういうことだ」
明確に理解をしているわけではないが、だいたいは掴めた。
目に涙をたっぷり溜めた都の瞳を覗き込み、父は困ったように頭を掻いた。
子供に泣かれてしまい、どうしたら良いのかわからないようだ。
「周……お前の父親は、そのことを話そうかと悩んでいる。きっとあいつなら、お前に正直に話すだろう」
都がこくんと頷く。
「頼りない父親だが、あいつのことを責めないでやってくれ。笑顔で受け入れてやってくれ。心の中ではあいつを罵っていても良いから」
「……うん、わかった。頑張ってにこってする!」
「……よろしくな」
罵る、などという言葉の意味はわからなかったが、“笑って周を許してやってくれ”というのはわかった。
わかりにくいものであったが、父は優しく微笑んだ。
そんな父の頼みもあって、都はすぐに笑顔を見せたのだった。
“パパはパパだから”という言葉は、都自身の思いである。
なんだかんだ文句を言いつつも、父は周のこと、子育てのことを心配していた。
都に嫌われるのではないか、と考えていた周は、胸を撫で下ろした。
父の配慮があったということを知らずに。
すでに都に話してあったということは、都と父の間での“秘密”である。
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