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煙草の煙に誘われて。  作者: 梅屋さくら
第三章 悩み、進む。
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**3-4 すべて正解の道。

 カランカラン……というベルの音や、“いらっしゃいませ”という声、そしてスプーンでコーヒーをかき混ぜる音。

 そんな些細ささいな音でさえ、あまねの耳にははっきりと届いた。

 なぜなら周が話し終えてからずっと、母は同じ姿勢のまま遠くを見つめており、二人の間には沈黙が訪れていたからだった。

 その沈黙の時間は周にとってはとても長い時間に感じられた。

 周は母の唇をじっと見ていたのだが、その唇はゆっくりと開かれた。


「子供を一人育てるというのは簡単なことじゃないのよ?」

「わかっているけれど、みやことの約束を守りたいんだ」

「これからみやこちゃんが成長して“女の子”になっていくにつれて、父親だけだと厳しいことも多くなるわよ?」

「……実は、な。初めはただ、“運命を感じた”ってだけで拾ってしまったんだ」


 周の突然の言葉を聞いてもなお、母は表情も変えずにただ周を見つめていた。

 周は、運命が……だなんて理由で子供を育てることを決めたと言ったら怒られるのではないか? と思っていたので、少し拍子抜けした気分だ。


「でも今は違う。運命だからではないし、京との“約束”を果たすためでもない。あの子と一緒にいたい、あの子の成長を見守ってあげたいから、都を育てているんだ」

「京ちゃんとの約束とは?」

「京が良く言ってたんだ……“私たちに子供が出来たら立派な大人に育てたいんだ”って」


 周は京との楽しい日々を思い起こすように目を細めた。


 あのころは、京とともに過ごす日々が当たり前だと思っていたし、そのまま結婚するのも当たり前のことだと思っていた。

 やり残したことはたくさんある。

 もっとこうしておけば良かった、あの当たり前だと思っていた日々を大切にしていれば良かった……そう後悔しても、京との生活が戻ってくるわけではない。

 周自身もそれをわかってはいるのだが、また戻りたいと願ってしまっている自分がいることにときどき気が付く。

 京をうしなった傷は、深く深く彼の心に刻まれていた。


 野球にしか興味のなかった周は、都を育てていくうちに変わっている。

 野球だけではなく、子供向けアニメや絵本はもちろん、将来都に教えることも考えて勉強も始めた。

 勉強、というよりも、子供に教えることの勉強、と言ったほうが正しいかもしれない。

 元から成績は中の上くらいだったのだが、小学校の先生が読むための教育本も購入した。

 あの父親に勉強を教わっていた記憶があり、それを都にもしてあげられるように……そう考えてのことだった。


 周のそんな心の変化を知ってか知らずか、母は微笑んだ。


「京ちゃんとの約束を果たすため……そんな動機も素敵じゃない。人間、その行動にわずかでも素敵な意味があればそれで良いと思うわよ」


 周は思わず歯を見せて笑った。

 その無邪気そうな笑顔は小さいころと変わらず、母は幼少期の周を思い出していた。


 注文したブラックコーヒーとミルクティーが届いた。

 母はミルクティーに砂糖を入れてかき混ぜながら尋ねた。カランカランという風鈴のような心地良い音が二人の耳に響く。


「あんたは都ちゃんに本当のことを言ってなかったのね?」

「……言えなかったんだ。早すぎると理解出来ないだろうし、遅いとショックを受けてしまうし」

「もうタイミングを逃したって悩んでたりする?」

「……そうなんだよなぁ……」


 周は気にしていたことを鋭く指摘されてたじろいだ。

 無意識的に言葉を返すのに微妙な間が空いた。


「もう遅いよなぁ」


 そうつぶやく周。

 つぶやくように小声だが、本当は母に相談したかっただけだった。

 素直になれないところも昔から変わらない。

 すると母は首をかしげてそらを見た。


「そうかしら。思春期になってからじゃ遅いし、きっかけがないとなかなか話せないと思うけれど」

「……母さんは今正直に話したほうが良いと思う?」

「私はそう思うけれど、決めるのは周だよ。あんたがあの子の“親”なんだから」


 未だ戸惑っているような顔をしていた周を笑顔に変えたのは、母の一言だった。


「あなた、つまり親の選んだ道は、子供にとってはすべて正解の道なのよ。……自分を信じて」


 にっと笑った母の笑顔にはまだ若さを感じた。

 なにかを意図したわけではなく、ごく当然の動きかのように母は周の頭を撫でた。

 家を出るまでは子供扱いされているようで嫌だったが、最近は撫でてあげることしかなかったので周は少し嬉しかった。


 母の言葉を聞いたあと、周はじっくり悩む必要があると思った。

 彼女の後押しによって心はずいぶんと軽くなったようだが、やはりこの先の親子関係に大きく関わることだから……そういう理由だった。

 自分の息子が沈んだ表情だということに気付いたのか、母はそれからその話題には触れなかった。

 都の可愛かったエピソードや、思い出話、そしてたわいない日々の出来事について話しているうちにあっという間に時は流れていった。

 しばらく会話する機会がなかったぶん、話したいことは互いにたくさんあった。


 なにも言わずに自分のミルクティーと周のブラックコーヒーを入れ替え、母はブラックコーヒーを口に含んだ。

 味わうこともなく、母は顔をゆがめた。

 慌てて飲み込むと、舌を少し出して小さな声で言った。


「苦い……」

「まだブラックコーヒー飲めないの?」

「いつか飲めるから!」


 苦いから。そう言ってブラックコーヒーを飲まないところも母は変わっていなかった。

**お知らせ……

 これから一週間を目安に、改稿作業へと移りたいと思っております。

 初めからここまで加筆修正いたしますので、次の更新は少々お待ちいただきます。

 ご理解いただけるとありがたいです。よろしくお願いいたします。


 誤字脱字、疑問点などありましたら、感想欄またはメッセージにてお願いいたします。

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