**3-1 両親との確執。
クリスマスからおよそ一年半後の三月末。
「どう? 可愛い?」
「似合ってるよ。やはりストロベリーピンクにして正解だったね」
都はランドセルを背負ってくるくると回っている。
ついに彼女は小学校に入学する年齢になった。
あとおよそ五ヶ月後、七歳の誕生日を迎える。
その父親である周は、もう見飽きるほどに役場へと通った。
小学校入学に伴って多くの手続きが必要になったからだった。
周と都は本当の親子ではないから、他の家庭よりもたくさんの手続きを経てからでないと入学が認められない。
周は仕事のこともあり、役場へと足を運ぶ時間は惜しかったのだが、都を自分の子として引き取ることにしたときから大変だということはわかっていた。
その決断をしたのは自分なのだから責任を持って“父親”をやり遂げるんだ。
そういう思いが強く、体調を崩しつつも父親としての責任は果たした。
都のランドセルは、周の両親が買ったものだった。
両親とはほぼ縁を切っていたような関係が続いていたのだが、小学校入学前に都を引き取ったことを告白した。
彼は今まで本当に一人だけで都を育ててきたのだ。
数日前……勇気を出して、いつぶりかも思い出せないほど久々に実家の電話番号をプッシュした。
電話から聞こえてきたのは、京の葬式のときと比べてずいぶん歳を取った母の声だった。
「……はい、倉木です」
「……周です。久しぶり」
「周⁉︎ あなた今までどこでなにしてたのよ。京ちゃんのお葬式から連絡取れなくなって心配してたのよ!」
「ごめん。今日は話したいことがあるんだ。今からそっちに行っても良いか?」
「私は良いけれど……お父さんがね、怒っているのよ」
気難しい父のことだ。
葬式から音信不通になった息子に対して怒っている姿なんて容易に想像出来る。
怒鳴られることはもう覚悟していた。
「大丈夫、今からそっち行くから」
まだなにか話したいような母を無視し、周は受話器を置いた。
「今から出掛けるから、準備して」
「どこ行くの?」
「都のおじいちゃんとおばあちゃんのところ」
“おじいちゃんとおばあちゃん”という言葉を聞いた途端、なぜか目の輝きが増した。
なぜかと問うと、幼稚園の友達が祖父母の話をしていたのが羨ましかったから、だという。
きっと幼稚園の友達が言っていたような歓迎ムードではないだろうが、それは言わないでおいた。
京と同棲していること自体秘密だったので、今都と住んでいる家の存在さえ両親には言っていない状況だった。
だが実は実家から車で二十分ほどのところに住んでいたのだった。
母の心配しきっていたような声を聞いたときは、周の良心が痛んだ。
周の実家に到着した。
ところどころ穴が空いているような昔ながらの木造住宅だが、二階建てだ。
その家にランドセルではなくリュックを背負った都のテンションは上がった。
「テレビで観たような家!」
周からしてみればただの古い家なので、渇いた笑いしか出て来なかった。
震える手を抑えて、インターホンを押す。
すると、すぐに木の扉が軋みながらも開かれた。
片足だけサンダルを引っ掛けた母の姿は、九年程度の老いを感じさせた。
当時四十八歳だった母も今は五十七歳。
見慣れた母だが、見慣れた母ではないような……なぜだか淋しさのようなものを感じた。
母の視線は、周の顔よりも下のほうに集中した。
「その子……どうしたのよ⁉︎」
口に手を当てて、ショックを受けた様子の母に、周はゆっくりと言った。
「中入ってから話したいんだ。だから今はなにも言わないで」
「……わかったけれど……お父さん、呼ぶ?」
「ありがとう。親父も一緒に話を聞いて欲しいから、よろしく」
戸惑いつつも、なにも言わずにいてくれた母。
周はそういうところはなにも変わらないものだと思った。
子供のときも、友達と喧嘩して泣いて帰った周の話を優しく聞いてくれた思い出があった。
周の母は慌てて上の階にいた父を呼んだ。
都を連れて家の中へと入った周にもはっきりわかるような、不機嫌な声が響いた。
「俺は行かねえ」
「お父さん……! 周の話を、話だけでも、聞いてあげましょう?」
母はおろおろとしつつも、父を諭すように言った。
それでもなお“行かねえ”の一点張り。
助けを求めるような瞳を周に向けた母に、彼は言った。
「ありがとう。俺が自分で言うよ、ごめん」
そう言って周は階段を上がって父のいる部屋へと向かった。
その手足は震えていた。
もちろん母に向けた声も震えていたが、母は引き止めることはなかった。
周は、都と手を繋いだまま父と話に行ったのだった。
父はやはり、いわゆる書斎と呼ばれる部屋にいた。
「パパ、どうしたの?」
震えの止まらぬ手に気が付いたのか、都が周に尋ねる。
ああ、ここで都の声は……周が顔をしかめたと同時に、部屋の中からは父の怒鳴り声が響いた。
「なんだ、その声は⁉︎」
「親父、聞いてくれ。今はなにも言わないで……」
「お前は京さんを亡くしたとき言っていたじゃないか、“俺はこれからも京一筋だ”と。それなのにお前という男は……!」
「違うんだ、話を聞いてくれ!」
「お前のような嘘つきの話なぞ聞きたくないわ、帰れ!」
一向に話を聞こうとしない父。
周は父の部屋を乱暴に開けた。
ドアがバタンと大きな音を立て、都がびくりと肩を震わせた。
そんなことにも気付かず、周は叫んだ。
「聞けって言ってるだろ!」
ドアを開けた先には、仁王立ちでこちらを睨みつける父の姿があった。
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