**2-7 サンタクロースになった日。
街には赤と緑のネオンが光っている。目に痛い。
そして道路を囲む木には色とりどりのイルミネーション。
「青や白のイルミネーションなんて僕らが子供のころはなかったですよね」
周の後輩が後ろから彼に声をかける。
「そうだな、技術の進歩とはこういうことなんだろうな」
もう少しで三十歳を迎える周でさえ思わず見上げてしまう。
赤や黄色ならば良く見たことがあるのだが、青や白は見慣れない。
電球も進化を遂げているのだと考えさせられるようだった。
「先輩……なんでそんなに急いでいるのです?」
「俺にだって一緒にクリスマスを祝いたい娘がいるんだ」
「ああ、今日はクリスマスでしたね。僕らは休日かつクリスマスだというのに仕事ですか。クリスマス……ああ、彼女が欲しい……」
「彼女を作りたいとここで嘆くだけでは意味がないからな。出会いの場が欲しいのなら仕事を急いで終わらせて、急いで飲み会という名の合コンに参加するしかない」
彼女を作るためだと言うと、後輩は俄然やる気を出した。
先ほどまで後ろをゆっくりついてくるだけだったのだが、突然周より前に出て早足で歩き始めた。
一生懸命に恋を追いかける後輩を追いかけながら、周は自らも恋について考えていた。
愛する恋人、京を亡くしてから早七年が経った。
あれは七年前の秋だった。あの地獄と見紛うような光景を目にしたのは……。
喪服を着た人々が涙を流し、溢れ出る感情を押し殺したような声が周の周りを包んでいた。
その中で彼は一人、茫然と立ち尽くしていた。
京の親族たちにぶつかってもなおどこか一点を見つめ続けていた。
ただ、棺に入った彼女に花を添えるそのときだけ……周の頬は涙で濡れていたのだった。
周はぶんぶんと横に頭を振った。
彼の中で恋をする気持ちはもうすでに失われていた。
今、彼を突き動かすのは、都の存在そのもののみである。
そんな周に対して恋愛に関する質問をしない後輩は良く出来た人間であった。
周は予定より一時間ほど早い時間に自宅のドアノブに手をかけていた。
雪がちらつき始めるほどの寒さの中、彼の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
ドアを開くと、家の中からは足音が聞こえた。
「おかえりなさい!」
そこには、笑顔の都がいた。
「うん、ただいま。少し早く終わらせたけど、遅くなってごめんな」
周が両手を広げると、都はその胸にぴょんと跳んで飛び込んだ。
胸に顔を埋めたまま首を横に振った。
“大丈夫、気にしてない”、そういうことを伝えるための仕草だ。
彼女は何かを思い出したかのように周から離れ、家の奥へと入って行った。
靴を脱ぐことも忘れて家の奥を窺っていると、ガタンゴトンという不安な物音が聞こえた。
それから少し時間が経って。
「メリークリスマス!」
パンというクラッカーを鳴らしたのは、真っ赤なワンピースを着て帽子を被った都だった。
その可愛らしいサンタクロースに、驚いた表情のまま尋ねる。
「その衣装どうしたの?」
「えへへ、隣のおばちゃんに縫ってもらった! 生地は一緒に買いに行ったよ」
「隣のおばちゃん? いつの間に仲良くなった?」
「この前の苺をお裾分けしたときから」
苺狩りに行った際、思わず持って帰りすぎたため近所の家々にお裾分けしたのだ。
そのときは都も手伝い、近くの家には一人で行ったのだった。
お裾分けしたときに仲良しを作ったということは、父親ながらまったく知らなかった。
“隣のおばちゃん”は、中村さんという。
中村さんのお宅にいつかご挨拶とお礼に伺わなくてはいけないな……と思いつつ、靴を脱いで家に入った。
リビングには、煌びやかなデコレーションが施されていた。
そしてささやかながら、リビングの真ん中にはクリスマスツリーが飾られていた。
電光が点滅するツリーは綺麗だ。
「これも全部中村さんが?」
「中村さん?」
「ええと……“隣のおばちゃん”」
「うん、そうだよ!」
名前を知らぬまま、買い物に出かけたり、家のデコレーションを手伝ってもらったりするような関係性を築き上げていたことに驚く。
そんな状態のまま友達になった都もすごいが、常に“おばちゃん”と呼んでいたであろう都を友達だと認めている中村さんもすごい。
父は、彼女が中村という名を持っていることを都に教えてやった。
周は慌ててレトルトカレーを温めた。
米は冷凍してあるので、それを解凍するだけで良い。
いつかクリスマスの埋め合わせをすると約束し、今日のところはカレーライスとスーパーマーケットで購入したささみチーズフライのみということになったのだった。
「いただきます!」
短時間で作っただけの食事を笑顔で食べてくれる都への愛情は、かなり大きなものになっていた。
ケーキもなく、寂しい食卓だった。
だが父は娘に少しでもクリスマスを感じて欲しかった。
「はい、メリークリスマス」
隠して持っていたラッピングされた袋を差し出した瞬間、都の表情は明るくなった。
開けて良いかと尋ねる彼女に指でオーケーサインを出すと、嬉しそうに袋の口を締めていた赤いリボンを解いた。
「わあ……! ありがとう!」
「あんまり高いものではないけれど……喜んでもらえて良かったよ」
袋から引っ張り出した周のプレゼント。
それは、チャームを専用の台座に置いてレバーをくるくると回すとネックレスやブレスレットが出来るという今話題のおもちゃ。
このごろネックレスなどに興味を持ち始めた都のことを想ってこれを選んだ。
ありがとう、ありがとうと繰り返す都に対する愛情が溢れ、ぎゅっと抱き締めた。
彼女はいきなり抱き締められた理由をわかっている様子はなかったが、なにも言わなかった。
この日の夜、都の横には彼女がサンタクロース宛に書いた一枚の手紙が。
翌朝、穏やかな寝息を立てる都の枕元には、赤い紙で包まれた箱。
その箱に入っていたワンピースを身に纏い、可愛い笑顔で鏡をじっと見てくるくると回っていた。
周は、都が書いた手紙をそっと仕事用バッグに入れた。
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