第一話
「シリアって、どうしてああいう状態になっちゃったか、教えてくれないかな?」
新聞を読んでいる同級生の鳥羽章一の横から、語り掛けた。鳥羽は目を読んでいた新聞から顔を挙げると、突如話し掛けてきた女子生徒(私)の顔を見つめ、呟いた。
「突然どうしたの?」
鳥羽の口調には困惑が現れていた。同じクラスとはいえ、あまり話した事もない女子からこんなことを言われれば無理もないことだろう。
「私ね、少し気になっちゃってて・・・」
某青春ミステリー小説のヒロインのようなセリフが出た。
「ふーん。まあ知らないよりは知っていたほうがいいのは確かだね。」
鳥羽は読んでいた新聞をラックに掛け直すと、近くにあったイスに座り、私にも掛けるよう促した。
放課後の図書室は、入り口近くの受付でパソコンを操作している司書の他には、私たち二人しかいない。広いとも狭いともいえない面積の中には、入り口から見て縦向きの机が3×3に並べられ、一台の机には両側に3つのイスが向かい合って収められてある。
図書館の奥側では、机と並行するように本棚が設置されている。本棚の更に置くにも1セットの机とイスが複数、壁に沿って並べられている。四方の壁に窓があるため、光が良く差し込み、暗い印象はない。
私は鳥羽の向かい側のイスに座った。改めて顔を見ると、なんとも不思議そうな表情だった。
「ええと、なんて名前だったかな?」
「鳴海親穂よ。」
「ああ、確かにそういう名前を聞いたことがあるな。でも俺は顔を覚えるのが苦手でね。」
鳥羽は苦笑する。
「教えてくれるの?」
「いいよ。」
「ありがとう。でも、なるべくわかりやすく教えてほしいな。」
「でも、何で知りたいと思ったのかな?言っちゃなんだけど、女子高生があまり面識の無い異性の同級生に振る話題じゃないよね?」
もっともだ。高校生の雑談の話題といえば進路や恋愛、流行りのゲームや漫画など、自分の身近なものが中心だ。もし時事問題が話題に上がったとしても天災や事件、事故や芸能人の結婚や離婚報道など、主に国内のニュースだ。大多数の日本人が画面越しにしか見たことがない遠い異国の紛争など、よっぽど興味、関心が無い限り話すはずがないだろう。
「ほら、授業で課題研究があるじゃない。どんな話題でも構わないから調べろっていう。私はシリア内戦について調べる事にしたわ。」
「ああ、あれか。」
鳥羽は合点がいったようだった。
私のクラスでは、カリキュラムの一つに、自由なテーマを設定し、学校のパソコンを使用して研究するという課題がある。成果はファイルにまとめるだけでなく、クラス全員に向けて発表しなければならない。
「でも、なんで俺に聞いたの?」
「鳥羽君、放課後いつもここで新聞や本を読んでるじゃない。君ならそういう問題に詳しいと思って。」
私が放課後にここを訪れると、必ずではないが、高い確率で彼の姿を目にした。
彼は世界史や宗教史など、国際に関する本を多く読んでいた。それ以外にもさまざまなジャンルの本を読んでいるのを見たことがある。アニメ化された小説を読んでいたこともあったので、少なくとも過剰なアニメ・マンガ嫌いな性格ではなさそうだった。
堅苦そうな性格そうだが、寡黙なわけではなかった。おしゃべりと呼べるほどではないが、誰かから話しかけられると、答えに窮する質問で無い限り、必ず答えていた。クラスから浮いているわけでもなく、それなりに人気はあった。
部活動には所属していないという。
「光栄だね。でも、詳しいっていったって、俺の知識は一般人とそう変わらないよ。俺はジャーナリストや専門家じゃないからな。過剰な期待は禁物だよ。」
「構わないよ。インターネットは調べたいを探そうと思っても、多すぎてどう
まとめたらいいか分からなくて。新聞には最新の情報が載っているけど、裏を返せば古くなった情報は載っていない。それで、よくその手の情報を知っていそうな人の情報を参考に、インターネットや本を使って肉付けしようと考えたんだ。」
そう述べると、鳥羽は少し疑問があるような表情をしたが、すぐに微笑んで自信たっぷりに返した。
「よし。じゃあ早速だけど、何から知りたいんだい?」