魔女の卓球部員
『あの『となりの大トロ』のスタッフが贈る少女の恋と友情の物語』
暗室でスクリーンに映し出されるのは、来年公開予定のアニメーション映画の予告編の案の一つ。今は監督とプロデューサー、それから関係各所のお偉いさん方がこれから劇場で流す予告編を決めるための会議を行っているところだ。
スクリーンにはセミの声が響く夏の道が映し出される。そこをセーラー服を着た一人の少女が颯爽と自転車で通り抜ける。この少女が物語の主人公だ。
『はやくー!』
後ろを振り返りながら誰かに声を掛ける主人公。彼女の後ろには学生服姿の男子が一人。
『危ないぞー! 前向けー!』
シーンは変わりジャージ姿でヘルメットを被り、金属バットをイチローばりに構える少女。周りからは『かっ飛ばせーっ!』『ピッチャーびびってんぞ!』などの声援。声援を送る生徒の中に先ほどの男子生徒と女子生徒の姿が。
カキーンッ!
主人公の少女が高々とボールを打ち上げる。それはフライトなり、ゲームセット。
『あちゃーっ……』とかわいらしく舌を出す少女。
それに対して男子生徒と女子生徒がしょうがないといった笑顔を向ける。
夕暮れの道を笑い合いながら帰る少女たち三人のシーンに変わり、
『少女は青春の中で成長する――魔女の卓球部員』
ナレーションの声で映像は終わった。
室内は明かりをつけず、暗いまま話し合いが行われる。
「あー、監督」お偉いさんの一人が声を上げる。「これのどこに魔女と卓球の要素が?」
「いやー、予告には使われてないですけどね。本編にはしっかり出て来ますよ」
「はあ、でも、予告ですよ? これではタイトル詐欺では? もちろん、タイトルをわざと関係ないものにしておいてその上で見る人を驚かせることはあるでしょうが、これはさすがに……」
「駄目ですか? 僕もそうだと思ってたんですよ。だから、他のを見てください。次のは魔女感出てると思いますよ」
そうして、次の映像が流される。
『あの『となりの大トロ』のスタッフが贈る少女の恋と友情の物語』
突然の轟音と稲光。古めかしい洋館の影が夜の闇に浮かぶ。
『いーひひっひひ』
不気味な笑い声のあと、洋館の室内の映像に変わる。暗い部屋、稲光で浮かぶのは一人の老婆の姿。老婆は大きな鍋をかき混ぜている。
と、突然、部屋に明かりがついて主人公の少女が入ってくる。
『おばあちゃん、大丈夫? すごい雷だね』
『停電が直ってよかった。特性カレーが作れなくなるところだったよ』
『わあ、それいけない』
老婆がかき混ぜる鍋の中には色の良いカレー。
『少女はよく食べ成長する――魔女の卓球部員』
映像は終わった。
「監督、馬鹿にしてるんですか? 魔女感大したことない、てか全然ないし、卓球も出てこない。それに、なんですか食事で成長? 当たり前でしょ! てかですね、少女の恋と友情の物語はどこいったの」
「ああっ! すいません、今のは遊びでつくったやつで、間違って流してしまったんですよ。次のが本当のです。魔女感も卓球感もあります」
監督はすぐさま次の映像を流した。
『あの『となりの大トロ』のスタッフが贈る少女の恋と友情の物語』
夜のビル群。その上空、ビル明かりとは違う眩い光が空高く煌めく。
小さな爆発が数珠繋ぎに起こる。爆風からは卓球のラケットを持った主人公の少女。少女はラケットを振る。するとラケットからはピンポン玉ほどの小さな光が続けて発射される。
その光が向かう先には別の、こちらも卓球のラケットを持った少女。その少女は飛んできた光をラケットで打ち返す。
打っては返し、打っては返し。ビル群の上空で行われる激しい戦闘。
と、ここで映像が止められた。強制終了だ。
「監督? これは違いますね。これ、『魔法少女 窓かリンゴか』ですよね?」
「え? 何を言って……あの作品にラケットは出てこないでしょ」
「合成、したんでしょ?」
「っち、ばれたか。そうですよ、そうですよ。僕だってこういう作品を作ってみたかったんですよ。いいでしょ、これも遊びです」
「はぁ……もういいです。さ、しっかりとしたやつ、流してください。てか、遊んでばっかで、本編出来てるんですか?」
「な、それはもちろんです。僕は天才監督ですよ? 終わってるからこそ、遊んでるんですよ」
「実際は出来てないから、予告に使えるカットがないんじゃないですか? だから重要じゃない場面の映像だったり、できた作品に合成した映像だったりするんじゃないんですか?」
「ゲッ……」
「おい、今この人ゲッて言ったぞ!」
「いいがかりだ! 今のはゲップですよ。今、お茶飲んだから、それで……ほらほら、そんなことはいいでしょ? 次を見てください。恋と友情の物語の感じも出てますから」
『あの『となりの大トロ』のスタッフが贈る少女の恋と友情の物語』
主人公と男子生徒が手を繋いでショッピングセンターを歩いている。二人は女性向けの小物が売られた店に入っていく。
『きゃー、かわいい、これ、かわい~い!』その声は裏声チックで、少女のものではない。
『あー、ほんとだぁ、かわいいね!』これが少女の声だ。
『ねぇ、おそろいの買おうよ! 友情の証』声の主はきゃぴきゃぴとした動きをする男子生徒だ。
『いいね、買おう買おう!』
シーンは変わり、西日の指す主人公の部屋。
ベッド上に腰を下ろす主人公と女子生徒。二人は口づけをし、そのままベッドに倒れ込む。
『この夏、少女は大人の階段をのぼる――魔女の卓球部員』
「……」
「あれ、皆さん、どうしました?」監督はなぜか得意気だ。「途中で止めず、終わっても何も言わない。文句なしということですか?」
「あ、ああ……これは、そうですね、ちょっと見てみたい気もします。予告としては期待を煽るし、ね?」
「え? あ、そ、そうですね? 俺も見てみたいと思いました。少女の恋と友情の物語の予告でもありましたし、魔女という言葉も、なんでしょう、魔性って意味でとれば問題ない。卓球部員の方はそのまま卓球部員という設定でいけば――」
その後、会議は異様な盛り上がりを見せたが、『魔女の卓球部員』という作品が世に出ることはなかった。