*ワタクシ ヒトニ ナリマシテ*
爪先から細っそりとその延長線上で長く伸びた脚。
細い腰にくびれがつき、少しばかり筋肉質で真っ直ぐ空に伸び上がる背中。
脚と連理の枝の様な腕。
繊細ながら手は少し小さく細長い指先。
風が吹くたびに波打つ絹のような肌触りの金色の輝きに満ちた髪の毛。
これぞ、理想の姿。
あぁ、このまま草原や透明な海を感じながら、どこまでも風と共に過ごしたい。
そして、光と風任せで軽く舞い上がる身体ごと、あの海の向こうへ。。
ふっと、本当に身体が軽くなり、風にのって踊りだした。
華奢に見える身体に力強いステップ、地面に爪先が触れるたびにそこに新しい命を宿した様に花が咲き・・・そのまま綿の様に宙に浮かび上がる。
空中からは、空・海・大地・・海の水平線がくっきりと。
よく出来てるわ。誰が作ったのかしら。
見渡す限り美しく、心や頭の中がそのまま、川や海と一体化し、どこまでも流れていけるような気分にしてくれる。
綿のような身体は風と踊りながら、海に向かい降り立つ準備を始めた。
ん?・・・ん?!どゆこと?!
足元には海がしっかり広がり、踊っていた身体がピタリと止まった。
まるで、遊園地のアトラクションのフリーフォールの落ちる数秒前のようだ。
突然現実思考に戻った。
「ちょっと!踊りは?風は?どこ?どこ?さっきの海と違う!海が波立ってる!」
彼女は、早口で憤慨し始めた。
「居心地のいい空気を吸いながら踊り続けてた時間が短すぎるわ!」
さっきまで、透明な海の上で脚をこれでもかと大きくダイナミックに使い、腕もより長く見せようとバレーリーナにでもなったかのように踊り続けていた彼女の思考が、憤慨によって完全に止まった。
ドドドドド・・・・ドドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
突然雷光が空一杯に鳴り響き、水色の夢のような空から台風の様な空へと一瞬にして変わった。
「私が何したっていうのよー!」
バリバリバリ・・・・どどどーーーん!!
怒り最高潮と同時に雷が真横をさっと横切った。
「あららら?あら?あら?・・・わわわわ、、、、! きゃー!」
途端に現実の香りが吹き込み、足元から、荒波立ちまくる、どす黒い海に向かって落ち出した。
「ひゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「まだ、死にたくないのにーーーーーーーーーーーーー!」
こんな状態で自分の希望の未来を叫びながら、高速に落下して行けるだけ、幸せ者である。
ドボーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
「ガボゴボガボゴ!!
ぶぁばばっ!!ぶごごこ!あっ、お魚!ぶごっ!うぐぐぐ・・・ぐうう・・・
もがっ、く、、苦しい!たち・・・たちけ・・たちけてぇぇ!
ぶほぉおぉ!!!!
・・・・・はっ!!!」
ガバッ・・・・
チュンチュンチュン・・・・ピチチチチチ・・・・・ガサガサ・・・
「あ、、、、、、、、、、、、、、、、、朝だわ。」
お日様がサンサンと折り畳み式の雨戸の隙間から入り込んできてきいる。
いつもの水の匂い、木のクズに包まれた部屋の香り、同じだった。
「ゆ、、、夢だったのね。ふわぁぁぁぁぁぁぁ」
現実にかえった朝とは寂しいものだ。嫌がなんでも、夢の様な心地に浸らせてくれた夢は大きく今とかけ離れていたということを感じさせてくれる。
「全く、、ありがたい事ですね!」
大きな欠伸をしながら、憎らしげに現実を罵った。
それは、彼女にとってしょうのない事だったのだ。心に思い描く事を夢にずっと見ていた彼女が、夢の中でどれほど心をときめかせ、産まれて初めて知ったような幸福の真っただ中にいたなんて、誰も知るはずもないのだから。
「細長い手脚、金色の絹のよつな髪の毛、、あぁ、夢のまた夢、、、」
溺れかけ苦しんだ海でなかった掛け布団から、朝日に透かして手を出して見つめてみた。
・・・・・。
「金色の抜け毛、、、、、。。」
身の毛がザワザワしてきた。
掛け布団に落ちていたのは、金色の絹のような抜け毛だ。
「おやおやおや??そういや、、、、、手・・・・指とやらだわ!!」
もう片方の手を布団からだし、そろえて手のひらや手の甲をまじまじと見つめて、指を一本一本引っ張ったり、撫でたり、握ったり、バラバラに動かしてみたりした。
「手だけじゃないわ!手首が・・・・まさかの腕まで!!!」
衝撃で驚きの指が、彼方此方に筋肉が入り奇妙な事になりながら震えていた。
布団を勢い良く蹴飛ばした拍子にふくらはぎが見えた。
「やややや!脚だわ!・・・・膝とやらまでしっかり・・・・伸ばせて蹴飛ばせるなんて、脚しかないわ!」
両足は、どう力を入れれば立てるのかわからず布団の上に出しておいた。
「ということ、金色の髪も?!」
バクバク、ワクワクしながら、髪を掻き集め、目の前にワサッと出した。
「ああっ?!!なんで!!?金じゃないわ。普通ここまできたら金になるでしょうよ。」
神様はそこまで優しくない。のか、間違えたのか!
神様からの完全なるプレゼントも、案外サルも木から落ちる事もあるのかもしれない。
ちなみに先ほどの掛け布団に落ちていた金色の髪の毛は、ジェシーちゃん人形の毛である。
昨日一緒に寝たのだ。
人形だって毛くらい抜ける。
「でも、茶色の髪の毛だわ!紛れもない長毛の毛髪だわ。」
引っ張って見たり、頭を振って見たりした。
いささか、遠目から見ると怪しい行動である。しかも、言葉使いがオッさん風となればそれに上乗せである。一体どこでこんな言葉を覚えたのか。
突然彼女の鏡と信じてるものに顔を近づけて、よくよく顔を見る事にしてみた。
長毛が理想通りの女の子として似合ってるのか、いち早く知りたい気持ちはやはり女の子であろう。
「きゃー!似合って・・・・る?ああああ!!???」
バラ色に興奮しきった顔は、一気に青白く変わった。
「どうしてこんな中途半端なのよう!耳残ってるわ!いやぁ!女の子にはこんなのないわ!ぎゃっ!尻尾までそのままじゃない!ひやぁ!なんてこんなに中途半端なのよう!」
もう、おわかりだろう。
彼女は人間ではないのである。
人間の女の子の(美しい)スタイルに憧れる「とある生き物」なのである。
彼女は、キーキーキーキー怒り出し、まだまだ力の入れ方の分からなかったハズの足を、バタバタさせまくった。
どうやら、足の使い方はもう大丈夫なようだ。
「あらっ!足をいつの間にか動かせるようになったわ」
学習能力は非常に高い。心情に任せて行動すると自然と身に着く事は多いようだ。
そして、彼女の心もお天気のようにくるくると変わる。
今はとても嬉しそうである。1分前のキーキーは何処へいったのか。。
さて、ちょうどその頃、とある1人の青年と中年の間の男は、朝から食べたショコラアイスがお腹を下し、青い顔でトイレにこもっていた。