第七話 過ち
夜遅くにも関わらず、たくさんの人が電車を利用していた。
空いた席がなかったので、乗ったドアのすぐ横の手すりにつかまり電車に揺られた。
やっと、あいつのいないところへ行ける。
一度抱いた恐怖は消えないもので、常に母に怯えていた。もう母を見てもアンドロイドなのか、母なのかわからなくなっていた。
ふと横を見た。背広を来た中年のサラリーマンや疲れきった顔の女性が携帯を見ながら座っている。
一瞬顔を上げたサラリーマンと目があった。
恐怖が体を駆け巡った。吐き気が込み上げてきて思わず、手を口に当てた。
あいつと同じ顔をしていた。まさかと思い、他の人を見た。言葉では言い表せない違和感があった。
電車が駅に着き、扉が開いた瞬間駆け出した。
ホームには人はまばらだった。
駅員のおじさんに声を掛けられた気がしたが、それどころではなかった。改札を抜けたところで力尽きへたりこんでしまった。涙が止めどなく溢れ、気が付くと泣きじゃくっていた。
ここで警察に交番へつれていかれ、母を呼ばれてしまった。
やって来た母はなおも笑顔だった。表情から感情を読み取ることはできなかった。
帰りたくはなかったが、このままではどうすることもできないので、うつむき母の後ろをついて歩いた。
帰る道中母は私に話しかけた。他愛もない会話だった。内容は覚えていない。
ただ早くこの空間から脱したかった。また電車に乗ったが、あのときのような恐怖に襲われることはなかった。
電車を降りても尚母は私に言葉を投げ掛け続けた。
古ぼけたアパートに着くと、母が先に玄関へ入った。私も続けて入り靴を脱ぎ、玄関を上がった。振り返った母の顔に笑顔はなく、ぼそぼそと話し出した。
「お母さんにはたくさん迷惑かけていいけど、人に迷惑をかけちゃダメだよ」
頭のなかでなにかが切れる音がした。我慢の限界だった。私の大好きな母のふりはもうしないで欲しかった。私のお母さんは一人だけ。
プログラムに従うだけのただの機械に母を演じられるのはもう耐えられなかった。機械のくせに。
背を向けた隙に、下足箱の側面に立て掛けられた父の金属バットを持った。ひんやりと金属特有の冷たさを感じた。
どこかでアンドロイドは人間に似せるために頭に大切なものが組み込まれていると聞いたことがある。
バットを思いきり持ち上げ、降り下ろした。もちろん頭めがけて。
母は振り向き驚いた顔をしていた。このときの顔は今でも脳裏に焼き付いている。
それから、何度も繰り返した。嫌な音がした、嫌な感触がした、嫌な臭いがした。気付いたときには辺り一面血の海になっていた。
頬を涙が流れた。涙は鉄の味がした。
「ねぇ、お母さん。あなたは誰?」
この事件の第一発見者は父だった。私を見つめる父の目は恐怖で満ちていた。
事件の後すぐに父に捨てられた。
そんなときに島に出会った。“嫌なことを忘れられる楽園”実験施設のようなものだった。
首、後頭部の下にチップを埋め込み、そこから脳に刺激を与え、記憶操作するのだ。
全て忘れてしまいたかった。すぐに申請を出して島民になった。
でも、これではなにも解決しなかった。忘れられるのは島にいった後のことだったのである。それでも、アンドロイドで溢れている大陸都市にはいたくなかった。
島に行くとそこには両親と兄、家族がいた。