第二話 あなたをもっと知りたい
少女は街の国立図書館で分厚い本を開いていた。
街の中央部に位置するこの図書館は国内最大級である。蔵書は5000万冊を超え、世界でも最も多い。
少女は学校には通っていない。通ったことがない。
全国の学校では学級崩壊が相次ぎ、校内暴力、生徒間のいじめだけでなく教師いじめが蔓延した。監視カメラの設置や教師の数を増やすなどの策は講じられたが、どれもプライバシーの問題や生徒の親、教師の親までもが反発し、失敗に終わった。
学校教育は破綻し、学校そのものがなくなった。
教育の場はインターネット、図書館と場所を移した。
島には五つの図書館があり、国立図書館はここだけだ。
近代的なインターネットを嫌う島民も多く、図書館が島民の知識である。窓や扉にはステンドガラスがあしらわれ、島民の心を豊かにした。
快適な環境は自然エネルギーを使った最新式エアコンで作られている。
少女は背もたれに体重をかけ伸びをした。
8月だというのに快適だ。
少女はアイリスについて調べるという口実を使い、毎日図書館へ来ていた。
あまり裕福でない彼女の家はエアコンなどついてるわけもなく、サウナのようだった。
少女は開いていた重厚な本を閉じる。
表紙には「巨大鳥の謎」と黒字で書かれていた。巨大鳥は突然現れた怪獣のようなもので、いつ人々を襲うかわからないという内容だった。
少女は図書館にあるアイリスについての本をほとんどすべて目を通したが、彼女を納得させるものは一つもなかった。アイリスを怪獣と表現しているものも多く、その度に不信感を抱いた。
島民に愛されているアイリスを知らないようであった。
日も暮れはじめ、窓から夕暮れ時の太陽の光が射し込んでいる。
少女重い腰を上げた。椅子にかけてあったリュックを背負い、跡のついてしまった白いワンピースの裾を必要もないのに何度も丁寧に伸ばした。
少女は落胆しているようだった。アイリスに会ったあの日から、一ヶ月が過ぎようとしていた。少女の好奇心を満足させるものは何一つなく、退屈な毎日が続いている。
アイリスをとても遠い存在に感じた。
あなたをもっと知りたい
少女の探求欲求は確かにつのっていった。
司書に挨拶をしようと、カウンターに向う。
図書館はとても広く、天井の高さがそれを増長させた。
少女は板張りの床を見つめる。気持ちの曇りが少女の足取りを重くする。
カウンターの中に簡易の椅子を持ち込み、足を組み座っている司書のおじさんは老眼鏡をかけ、新聞を開いていた。
「おじさん、もう帰るね。明日また来るから」
司書は新聞から顔を上げ、老眼鏡を通さずに少女をみた。
「さようなら。明日も待ってるよ」
司書は少女が落ち込んでいることを気付いているように、優しい笑みを浮かべた。
少女は足を出口へ向ける。少女はまた視線を床に落した。出口までの道のりはとても長く感じ、板張りの床が永遠に続くように見えた。