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みなとみらい

 茜が横浜に引っ越してきてから2回目の日曜日。ようやく部屋の片付けや転入後の雑務が終わり、ひさしぶりの休日となった。

 天気もよく、初夏のような日差しが降り注いではいるが、今日の気温はそれほど高くはなく、北海道育ちの茜にとっても過ごしやすい陽気だ。

 相変わらず友達はできず、クラスで浮いた状態が続いてはいるものの、悩んでばかりいるのもよくないので、これから長く住むことになる横浜の街を気分転換も兼ねて探索するつもりだ。

 今日は、まだ行ったことのない、〈みなとみらい地区〉へ買い物に出かけるつもりだ。

 みなとみらい地区は、横浜港に面した再開発地域で、オフィスや大型ショッピングモール、ホテル、遊園地などの他、港町横浜の歴史を感じさせる古い建物が改装されて博物館やレストランにもなっている、観光地としても有名な場所だ。

 札幌にいたころから行ってみたいと思っていた場所の1つだったが、引っ越したばかりで忙しかったために、まだ一度も行ったことがなかった。

 そんな賑やかな場所へ1人で行くことに寂しさも感じたが、母は家の片づけがまだ忙しく、妹も部活で学校に行っている。

 ふと、一緒に遊びにいける気の合う友達でもいればと頭に浮かぶが、そんな友達が誰もいない現実が、茜をまた落ち込ませる。


「しっかりしなきゃ!」


 ――朝9時半、茜は気持ちを切り替え1人〈JR桜木町駅〉の改札を出た。

 ちなみにこの駅は、1872年に日本で最初の鉄道、新橋~横浜間が開通した時の横浜駅として開業し、1915年の東海道本線の延伸により、現在の横浜駅にその名を譲るものの、その後も車社会が到来するまで、横浜港との連絡や貨物輸送に活躍した、由緒ある駅とのことだ。

 東京駅などのように昔の面影を残す駅ではないが、そんな歴史に想いをはせながら、建物や周りの地形を見て過去を想像するのが茜は結構好きだったりする。

 横浜の街には、歴史的建造物も多く残っているそうなので、きっと好きになれると思っている。

 もっとも、このような感覚が今どきの女子高生としては少しズレていて、それが友達ができない原因の一つであることを、自覚はしているのだが……。


 ――駅前は、日曜ということもあり、もっと混んでいるかと思ったが、時間が早かったのか、まだそれほど人は多くない。

「どこに行ってみようかな……」

 特に目的地を決めずに来てしまったので、少し立ち止まって悩んだが、とりあえずは、横浜で一番高い建物である、〈ランドマークタワー〉に行ってみることにした。

 ランドマークタワーは、その名のとおり、〈みなとみらい地区〉のランドマークとなるような超高層ビルで、ビルとしては、日本で2番めに高いらしい。

 中にはオフィスやホテルが入居し、低層階にはショッピングモールが併設されていている。フードコートなども充実しているそうなので、食べ歩きも楽しそうだ。

 六十九階には展望室もあり、横浜の街と港、東京湾までを一望できると、以前読んだガイドブックに書いてあった。

 茜が今まで住んでいた北海道は、広大な土地があるので建物は全体的に低く、こんなに高い建物は少ないので、ちょっと登って見たいと思ったものの、1人で登ってもつまらないだろうと思い直し、低層にあるショッピングモールを目指すことにした。

 駅前で地図を確認し、ランドマークタワーの入り口へ続く、〈動く歩道〉のほうへと歩いて行く。

 たいていのお店は十時開店なのでまだ少し時間があるが、初めて来た みなとみらい地区の街並みを見ながら散策していればすぐに時間がたつだろう。

 そう考えて、動く歩道の始まりにある長いエスカレータに乗り、地上より十メートルほど高くなっている動く歩道へ乗って、ぼ~っと景色を眺める。

 動く歩道は茜を載せてゆっくりと進み、〈赤レンガ倉庫〉、〈汽車道〉、〈コスモワールドの観覧車〉など、ガイドブックに載っていた、みなとみらい地区の観光名所を見せる。

 誰かと一緒にこられればと思うも、そんな友達が誰もいないこと再認識して、また落ち込む。

「ふう、だめだなー、私……」

 ため息をつきながら、観覧車の手前にオレンジ色の電柱のような柱が何本も立っているのに気がついた。

「なんだろう、アレ?」

 都市計画できれいに整備されている〈みなといらい地区〉にしてはやや変わった建造物だ。遊園地のアトラクションかなんなのか?

 そのまま〈動く歩道〉の平らなエスカレーターに流されていくと、段々と全体が見えてきた。

 

「――帆船(はんせん)?」


 それは大きな帆船だった。帆船という物自体は、歴史の教科書や一昔前に流行った海賊映画で見たことがあり、風の力で走る船ということぐらいは知っている。

 最初は遊園地のアトラクションかとも思ったのだが、よく見るとどうも違う気がする。

 船はとても大きく、上に乗っている人がずいぶん小さく見える。船の先端から後まで、100mぐらいはあるのではないだろうか。

 船体は、真っ白に塗装され、オレンジ色の柱が立っている。

 そして柱には、アンテナやレーダーのような物もついていて、何百年も前の船を再現したものではないことがわかる。かといって未来風なわけでもない。

 この船は、現代の船なのだ。

 しかし、いまの時代、船は普通エンジンで走るだろう。なのに、この船には帆が付いている。

  いったいこの帆船はなんなのだろう?

 普段であれば気にも留めないようなことだが、横浜港に近いとはいえ街の中に大きな帆船が置いてある姿は、茜の興味を引いた。

 ショッピングモールの開店までには、まだ時間がある。茜は、歩く歩道を降りて、その船の近くへ行ってみることにした。


  ※


 船は、近くで見ると動く歩道から見たときよりずっと大きく感じる。

 船体の上の帆柱が四本あり、そこには帆を張るための横棒が何本も付いている。

 柱や横棒には沢山のロープが縦横無尽に張り巡らされていて、まるで蜘蛛の巣のようだ。

 船体の側面には小さな円い窓が沢山ついていて、船の中に、沢山の部屋があることがわかる。また、前後には金色の装飾が施され、船に気品を与えていた。

 船首には、大きな黒い錨が載っていて、その横に漢字とローマ字で〈(につ)(ぽん)(まる)〉と書いてある。

「この船、日本丸って言うんだ」

 日本丸は、海から少し奥に入った川の行き止まりのような場所に、黒い大きな鎖で繋がれたたずんでいた。

 海と繋がっているみたいだが、船の後ろには橋が架かっていて、海には出られないようになっている。

 そもそも船の周りは公園になっているようで、港のようには見えない。やはり遊園地のアトラクションかなにかなのだろうか?


 ――この船は、一体何なんだろう? 茜が色々な想像を膨らませていると、色は茶色だが、警察官や消防士のような制服に身を包んだ女性がこちらに歩いてきた。

 どうやらこの船の関係者らしく、チラシを配りながら、船の説明をしているようだ。

 女性は茜に気づくと茜の方に歩いて来た。

「帆船に興味ありますか?」

「あっ、その……」

 初対面の人に話し掛けられたじろぐも、ぐっとこらえて言葉を続ける。

「えっと……、この船は、遊園地のアトラクションかなにかですか?」

 女性は一瞬キョトンとした顔をしたあと、笑いながら茜の質問に答える。

「違う違う。この船は、船乗りになるための学生達が実習を行うための船だったの。今はその役目を終えて、ここに保存展示されているのよ」

「船乗りですか?」

「ええ、そうよ。今でも外国に行くような大型船の船員になるためには、帆船で実習を行う必要があるの。この船も、半世紀にわたって船乗りを育ててきたの。今は二代目の帆船がその役目を担っているわ」

 その話を聞いて、茜は少し驚いた。船乗りになるための学校があることや、帆船で実習を行う必要があることなど当然知らなかったし、そもそも職業として船乗りになるという発想自体が茜には思いつかなかった。

 普通に高校を卒業して、大学に行って、事務系の公務員か会社員になる。そんな漠然とした将来しか想像していなかった茜には、この制服の女性の話はとても新鮮だった。

 とはいっても、自分がそのような道に進むことがあるとはとても思えないが――。

「今日は〈(そう)(はん)(てん)(ぱん)〉といって、日本丸の全ての帆を広げる日なの。もうすぐ広げ始めるから、良かったら見ていってね!」

「え!?この船は帆を広げることができるんですか?」

 見た目は綺麗だが古い船のようだし、もう帆は広げないものと思っていたのだが、制服の女性は茜の言葉を力強く肯定した。

「もちろん! この船が現役の頃、全ての帆を開いて海を走る姿は、〈太平洋の白鳥〉と呼ばれたのよ」

 海の上に浮かぶ大きな白鳥か……。ちょっと見てみたいかも。

 確かにこれだけ大きな船が全ての帆を広げるのであれば、とても綺麗な気がする。茜が、そんなことを考えていると、制服の女性が腕の時計を見てこう言った。

「私は、準備があるからそろそろ行くわね。こちら側でも見られるけど、反対側に回ると広場があって、イスが並べられているから、そこで見学するといいわ」

 そう言って女性は、日本丸のパンフレットを茜に渡して去っていった。

 茜は、パンフレットを開いて船の説明を読んで見る。

『日本丸は昭和5(1930)年に建造された練習帆船です。昭和59(1984)年まで約54年間活躍し、地球を45・5周する距離(延べ183万km)を航海し、11,500名もの実習生を育てて……』

 この船は、船員を養成するために日本が作った帆船で、引退した今は横浜市が所有し、この場所で保存展示されているらしい。

 ショッピングモールはもう開店の時刻だが、とりたてて急ぐわけではない。

 茜は、総帆展帆を見てみることにして、制服の女性に言われたとおり、船の後ろに架かっている橋を渡って、反対側へ歩いていった。


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