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月に叢雲花に風 人の世は胡蝶の夢なれど

作者: テイク

リハビリ兼ねて何も考えずに書きました。

矛盾やらなんやらありますが、どうか気にせず読んでもらえるとうれしいです。

 彼女は一体何者なのか。その問いに答えることのできる者はいないだろう。

 不浄である色の抜けた髪、濁って混ざった色を湛える瞳。確かにそれらは禍々しく、更に彼女の身体を這う紋様がそれを助長させる。

 神聖な神に仕える神職である巫女の装束を纏っていながら、その姿はまるで対極にあると言って良い。

 曰く、神を奉じない禍々しき不浄の巫女。

 曰く、恐れられし忌み子。

 曰く、旧都に住む人の姿をした化生。

 曰く、曰く、曰く。

 そんなことを多くの人間は言う。あやかしもそうだろう。

 彼女にかかわることになった私も彼女のことはよくわからない。

 ただ、彼女は私を救えないと言ったが、私は彼女に救われたのだと思う。

 私は愚かだったのだ。想いの重さを理解していなかったのだ。何一つ、わかってはいなかったのだ。

 そうでなければ、あのような事にはならなかったはずだ。確かに、そのおかげで、お前に出会えたのだから、後悔などすべきではないのだろう。

 また、その話か。私の汚点だから、あまり語りたくはないのだが、そうだな。いいだろう。

 確か、あれはそう、私が彼女に初めて会ったのは、今日と同じ、長雨がようやく止み、暑さがこれ幸いと仕事を始めた初夏の日だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 彼は、陰鬱そうであった。

 それは、長雨が続いた後、容赦もなく仕事を思い出したように照りつける太陽のせいで蒸し暑いことだけが原因というわけではない。原因の一つではあるものの、一番の原因というわけではない。

 一番の原因はこれからある人に会いに行くことである。最初に断わっておくと、彼は別に人と会うことが苦手だとか、嫌いだとか、そういうわけではない。

 積極的ではないものの、それなり、つまりは人並みに彼は社交的ではある。その容姿の良さもあってそれなりの人付き合いはできるのだ。

 それなのに、陰鬱な気分にさせているのは会いに行く人物に原因がある。彼はその人物の名前は知らない。そも、どのような人物かも彼は知りえない。

 ただ、その人物が都でどのように言われているか、所謂、噂というものを知っている。宮中の侍女たちが噂話で話しているのを彼は聞いたことがある。

 曰く、神を奉じない不浄の巫女であるとか。

 曰く、恐れられし忌み子。

 曰く、旧都に住む人の姿をした化生。

 曰く、数百の時を生きる魔女。

 曰く、曰く、曰く。

 様々ではるがともかく、良い噂でないことは確かであった。

 なぜ、そんな人物に彼が会いに行くのか。仮にも彼は都ではそれなりに身分の高い家の嫡男である。好き好んで旧都などに来るような人物ではない。

 言ってしまえば上役の頼みだ。都であやかしに脅かされたというのだが、陰陽師では手出しができないそうであり、頼りである晴明もどこかに出ているという。

 それが、彼を更に陰鬱にしていた。ただの使い。そのためにわざわざ、旧都くだりまで赴く羽目になったのだ。陰鬱にもなろう。憂鬱とも言うか。


「はあ」


 溜め息をつくが、晴れ渡る空と違い、彼の気分は晴れない。長い道程がもうすぐ終わりと思えば気も晴れるものだが、今回ばかりはそうはいかないようだ。

 ふと、彼が旧都の門、悪鬼羅刹蔓延ると名高い羅生門をくぐった時、


 ――りん……。


「む?」


 鈴の音が聞こえた気がした。しかし、辺りに人の気はない。


「気のせいか」


 あやかしが住むという旧都、人がいるはずもない。このような場に来て気が立っているのだろう。情けないとは思うが、このような場だ仕方ない、と彼は思う。 

 それよりも早よう目的地に向かうとしよう。


「ふむ、ここだな」


 小さな屋敷。もとはそれなりの力を持つ貴族の屋敷だったのであろうが、今では見る影もない。ほとほと朽ち果ていた。誰か住んでいるには扉もないとは不用心ではないのだろうか。

 だが、それでも人は住んでいるのだろう。ほどほどにそのような気配があった。

 彼は、扉のあっただろう玄関の前で呼びかける。返事はない。もう一度呼びかける。


「聞こえている。入ってくればいい。閂も何もない。扉すらないんだ。勝手に上り込んでも文句は言わんよ」


 そんな女の声が返ってきた。どこか涼しげな声。だが、どういうわけか恐怖を彼に想起させる。そこで涼しげな声ではなく、冷たい声だということに気が付いた。およそ、生身の温かみのある人間が発するような声ではないということに。

 思わず、ごくり、と彼は無意識に唾を飲み込む。それは間違いのない恐れであった。今は昼下がり、いまだ太陽は高く、あやかしが跋扈する時間ではない。何を恐れる必要があるのか。

 だが、そう彼は思っても、足はなかなか動いてはくれなかった。やっとの思いで足を踏み入れる。どこかでちりん、と風鈴が鳴ったような音が響いた。

 奥へと進む。何かしらの術でもかけてあるのだろうか、彼が進むと勝手に襖が開いていく。道案内のようでもあるが、どうにも落ち着かない。

 まるであのいけ好かない陰陽寮に来たかのようだ、と彼は思う。実際、陰陽寮へは行ったのは一度きりなのだが、あまり良い場所ではなかった。

 そのせいか彼は少々気分が悪くなったが、それでも奥へ着くころには慣れたもの。存外、便利ではないかとも思ってしまった。これが、噂の人物の屋敷でなかったらの話ではあるのだが。

 そして、最奥まで来たところで彼は目当ての人物と対面することとなった。


「ほう、これはまた美男児だな。ようこそ、■の子。こんな辺鄙な場所までご苦労なことだ。何もないが、歓迎はしよう」


 そう、彼の人物は言う。

 噂通りというべきだった。見た目は少女にしか見えない。しかし、禍々しい。見た目はただの少女にしか見えないのに、愛らしいと感じる前に、可愛らしいと感じる前に、禍々しいのだ。

 不浄である色の抜けた髪、濁って混ざった色を湛える瞳。確かにそれらは禍々しく、更に彼女の身体を這う紋様がそれを助長させる。

 神に仕える神職である巫女の装束を纏っていながら、その姿はまるで対極にあると言って良い。

 彼は、本能で気が付いた。理性でない部分で。少女と関わってはならない。今すぐ逃げ帰りたいとすら思う。

 だが、彼の与えられた役目はそれをさせてはくれない。


「お初にお目にかかる。私は――」

「いい」


 少女は手を挙げて彼の言葉を遮る。


「名乗らなくて良い。私も名乗る気はない。名は自分自身の合わせ鏡だ。名を知るということはその人物を知るということ。

 この界隈では真名を知られれば相手に自分自身を掴ませるのと同義。私のような者に不用意に名乗るのはやめておけ」

「は、はあ」

「それで? 私に何の用かな?」


 少女の問いに彼は思い出したかのように用件を話し始めた。

 都であやかし、または妖怪ともいう化生が出たという。それだけならば、まだ良かったのだが、貴族の屋敷に出たというのだから問題だった。

 本来そのような事態には陰陽師が出るものなのだが、更に悪いことに有力な陰陽師は皆、先の大蛇との戦いにより失われてしまっている。頼りである晴明も都から出ていてまだ帰らない。

 あとに頼れるのは少女しかいなかったというわけだ。このようば化け物に頼りたくないとはその貴族の談。しかし、背に腹は代えられないということで、彼が旧都まで来ることになったのだ。


「なるほど――ふう……」


 話を終えた後、少女は何かを火のついた筒で吸い煙を吐き出す。宙を漂う白煙が彼と少女の間を漂って、様々な形を作るように浮かび、そして、それは消える。

 どこか香のようにも思えるが、明確に違う。彼はそれを見たことがなかった。


「ん?」


 少女はその視線に気が付いたのだろう。自身の手に持っている物――煙管――を見て納得がいったという風な表情をして、


「これは、煙管と言って、煙草を吸う道具だよ」

「たばこ?」

「ああ、嗜好品だ。長生きの秘訣かね」

「まさか、不老不死の!?」


 彼は少女の言葉に思わず身を乗り出した。記録によれば数百年前からその存在が確認されるという少女が長生きの秘訣といったのだ。ならば、それは不老不死に通ずる何かなのかもしれない。

 そう彼が思ってしまうのは必然なのかもしれない。ただ、少女にはそれがよほど予想外だったのだろう。

 笑みを浮かべていたのをきょとん、として表情をしたあとに、


「はは、あはははははは!」


 堰を切ったかのように笑い出した。腹を抱えて、さもおかしそうに。


「な、なぜ笑う!」


 不老不死は人の夢。

 少女のような人外と言われる者が、数百年を生きていると言われる者が、長生きの秘訣と言えば、声をあげても仕方がないだろう。

 もし、それを持ち帰り、帝に献上したのならば、彼の宮中での出世は間違いないのだから。それをあのように笑われれば元から悪い気分が更に悪くなるのは自明の理であった。


「ははは、いや、気分を害したのなら謝ろう。すまない。

 君のように興味を向けてきたのは、いなかったからな。

 だが、これは、君の期待するようなものではないよ。悪いがね。

 どちらかというと毒だよ。まあ、気分は良いがね。長生きの秘訣というのはそういうことさ。酒と一緒だよ」

「そうなのか」


 酒と一緒に言われれば納得できた。


「さて、それで本題だが、あの程度私が何かするまでもない。放っておけばそのうちいなくなるさ。だが、まあ、それでは貴族様は納得しないだろうな。あそこにいるのはただの枕返しだというのに」


 枕返し。

 夜中に枕元にやってきて、枕をひっくり返す、または、頭と足の向きを変えるだけの悪戯好きの妖怪。

 厄を受けていれば、災厄をもたらすのだが、聞いた限りではただの流れの妖怪だと少女は判断した。

 その程度ならば満足すればいなくなる。ただ、それを言っても貴族は聞かない。

 難儀な生き物だ、と息を吐きながら少女は懐から紙を取りだして何かしらをさらさらと書いていく。


「ほれ」


 出来上がったものを無造作に彼に渡す。


「これは?」

「札だ。見ればわかるだろう?」

「これをどうしろと?」

「渡せ、あの手合いはそう言ったものがあれば、納得するだろ」

「対価は?」

「いらんよ。私はあげるだけ。対価を要求はしない。そのうち、そいつが勝手に払ってくれる。この世はそうやってできているのだから」


 彼にはまったくよくわからなかったが、何はともあれ仕事が終わったことはわかった。

 ようやく帰れると、そそくさと彼は礼を言って屋敷を出るために立ち上がる。少女はとくに引き留めるようなことはしなかった。

 まったくもって、彼にはありがたかった。さっさと帰りたかったのだ。

 少女はやはり、彼にとっては不気味だったのだ。禍々しさはまったく消えてくれない。

 笑っているのに、恐ろしいのだ。あの濁った眼に呑み込まれそうになる。

 だからこそ、立ち去る時の足は非常に軽かった。

 解放されて揚々と帰ろうとしたその瞬間、


「ああ、そうだ」


 声がかけられた。まるで冷や水をかけられたかのように思えた。

 遠くで蝉が鳴いているのが聞こえる。だが、まるでここだけ音がないかのように錯覚する。


「想いには気を付けることだ。人の想いは、思いのほか重いからな。間違っても、ここまで落ちてきてくれるなよ」


 その言葉を最後に、音が戻ってきた。暑さが戻ってきた。

 生唾を呑み込んで、ようやく彼は自分が生きているということを実感した。生きた心地がしなかった。

 それほどまでに恐ろしかった。何がかはわからないが、本能が叫ぶのだ。恐怖を。

 それよりも不可解なのは最後の言葉。忠告なのはわかるが、如何せん彼にはわからなかった。それよりもまずは、恐怖が勝ってしまった。

 だから、この時は気が付けなかったのだ。何も気が付かず、彼は都へと戻った。

 そこは、旧都と違って活気に満ち溢れていて、温かみがあった。

 旧都での出来事を務めて忘れようとするが、背中に何かが残っているかのように、少女の言葉が重く残っていた。

 頭を振って、彼は預かったものを貴族に渡す。よくやったと褒められはしたが、どうにも素直に喜べなかった。

 気分がすぐれない。早々に休もう。既に日は傾いている。彼は屋敷へと急ぐ。屋敷にも戻ると、幾分かは気が和らいだ。


「ふう」


 そう、息を吐いていると、侍従が文の束を持ってくる。ああ、またか、と彼は思う。

 それらすべては恋文であった。幾人もの女性が彼に求婚していた。理由は彼の容姿と家柄と言える。

 無論、悪い気はしないのだが、それでも彼は少なくとも恋文を送ってくる誰かとは結婚をする気はなかった。

 全て断った。要らぬ恋文も全て燃やしてしまう。その時だった。


「くあっ――!?」


 恋文を燃やした煙がまるで意思でもって持ったかのように彼に纏わりつく。煙はまるで鉛のように重い。声を上げる暇などなく彼は意識を失う。

 まるで、どこか、遥かな奈落へと落ちていくかのようだった。

 翌朝、深酒をしたかのような体の重さを自覚しながら彼は官庁へと顔を出す。

 何やら騒がしい。


「何かあったのか?」

「人死だよ」


 都にいる貴族の姫の幾人かが死んだという。それら全てが彼が求婚を断った姫君たちであった。

 偶然にしては酷く嫌な感じがした。体の重さが増したようで非常に気持ちが悪い。

 どうにもままならないまま彼は仕事を終えて屋敷に戻り、何もする気にはなれず、寝床へ入った。

 翌朝、彼は何かがおかしいと感じる。昨日から酒など飲んでもいないのに深酒をしたかのような倦怠感がある。体の節々もかすかに痛む。

 そのような奇妙な感覚を感じながらも昨日と同じように彼は官庁へとおもむき、また同じようにてんやわんやのそこで新しい知らせを聞いた。


「姫君の次は、酒蔵が襲われた、か」


 夜中の間に酒蔵の扉を尋常ならない力で破壊し、全ての酒を飲み干してしまったという。その様子からあやかし、物の怪の仕業であるとされている。陰陽師が調べているらしいのだが、それもうまくは言っていないという。

 恐ろしいものだ、と彼は思いながらも、奇妙な倦怠感をかかえたまま夕刻には屋敷に戻り、昨晩と同じく寝床へと入った。

 その日、彼は夢を見た。内容は覚えていないが、自分が化生となって都をうろついているという類のものだ。

 翌朝には、彼はその全てを忘れていた。だが、奇妙な感覚は消えてはくれない。彼はまた深酒のあとのような感覚。体は更に重くなっている。


「なんなんだ、これは」


 わけがわからないまま彼は数日を過ごした。相変わらず寄ってくる女の誘いを無情に断り続けながら。

 数日後。彼は頗る調子が良かった。何せ、今まで彼を苛んでいた奇妙な感覚が消えたのだ。むしろ、以前よりもはるかに調子が良い。

 夏の気に当てられでもしたのだろうと彼は思った。それから数日、奇妙な倦怠感はなかったが、不思議な夢を見るようになった。朝になれば忘れてしまう泡沫のような夢を彼は気にすることはなかった。

 相変わらず都のあやかし、物の怪の噂は絶えない。特に酒を飲み干す鬼の噂は都中に響いていた。そう、鬼だ。いつからか酒蔵の襲撃の犯人は鬼と呼ばれるようになっていた。警戒していた陰陽師が見たとのこと。

 そこからその鬼は酒呑童子と呼ばれているらしい。酒を呑み干す童子。なるほど、言いえていると彼は思った。

 だが、都を賑わすその噂も今夜で終わりだ。晴明が帰ってきたのだ。今夜でその噂も終わるだろう。別に何かあるわけでもないが、大きな力を持つ者の不在は不安なのだ。それが帰ってきた。大いに安心して彼は眠りについた。

 駆け抜けていた。駆け抜けていた。

 彼は都をかけているようだった。記憶がないのにそれがいつもの夢だと彼にはわかった。覚えていないが、いつも見ている夢であることはわかる。

 夢の中の自分は何よりも早く都を駆け抜けていた。欲望のままに行動していた。それがなんであるかを彼はわからない。何をしているのかも希薄だった。欲望のまま暴れるばかり。

 そして朝までそれは続くのだ。そう思っていた矢先。


「まったく、俺の出かけている間に好き勝手暴れてくれやがって。人が上の命令でいやいや大蛇の厄払いにでてるってのに。何仕事増やしてくれてんだ。この化生が」


 そんな声とともに、何かに彼は押しつぶされ池に叩き付けられる。

 衝撃が体を伝う。痛みはないが、衝撃は彼を起こす(・・・)には十分だった。


「な、に……?」


 状況を理解ができなかった。


「おいおい、やってくれたな。俺と十二神将共とでこの都にゃ結界張ってんだよ。なのに、手前みたいな大物がなんで入り込んでやがんだ? 噂の酒呑童子よ」


 その言葉に、何一つ彼は理解が追い付かない。自分がどうなっているのかも、目の前にいる少年が何をいっているのかも、何も、何も。

 ただ、この状況が非常にまずいことは分かっていた。彼が目の前の少年から感じるのは、数日前に出会った少女とは違うが同質のものだ。

 考えるよりも前に、彼の身体は動いていた。彼の予想をはるかに超えた力と速度で彼は少年を飛び越えて、ただひたすらに逃げた。


「やれやれ、逃がすかよ」


 だが、それでも彼の隣にはあの少年がいた。がむしゃらにただ腕を振るい、建物を打ち壊しながら、彼はただひたすらに逃げた。逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 気が付けば、彼は、旧都にいた。あの屋敷の前であった。どこをどう逃げたのかまったく覚えがない。逃げ切れたことが奇跡のようにも思えた。

 彼は放心していた。自分の状態に状況に何一つついていけなくて。

 そんな彼に声が降ってきた。


「入るといい。疲れているだろう?」


 そこに少女はいた。数日前に彼に冷や水を浴びせたはずのその声は優しい母が子供にかけるようなそれに聞こえた。

 彼は少女に言われた通りに屋敷に入る。この前と同じように彼は奥へと誘われた。その間、彼はただ少女を見ていた。

 その変わりように驚いていた。初対面に感じた禍々しさなど今の少女にはなく、逆にとても美しいと彼は思った。何がどうということではない。とにかく、美しいと。


「座るといい」


 鈴を鳴らしたかのように美しい声。何があったのだろう。彼は自身の耳を疑う。数日前に聞いた声と同じとは到底思えなかったのだ。

 だが、彼は言われた通りに座った。それ以外に何もすることがなかったのもあるが、少女に逆らいたくないとも思ったのだ。

 少女は何も言わず煙管で煙草を吸う。彼もしゃべることはしない。ただ、出された茶をすする。混乱していたのが嘘のように彼の心は静まり返っていた。

 そんな沈黙に彼が耐えがたくなってきた頃に少女は言った。


「まったく、忠告してやったというのに君は、何をこんなところまで落ちてきているんだ?」

「知って、いたのか?」


 彼の物言いに少女は、心外という風に肩を竦めて、


「まさか。君がどうかなることなんて神でもない私にわかるはずがない。だが、そうならないでいいなとは思っていたよ。こんな場所に来る人は、私だけでいい」

「なんなのだ、これは?」

「堕ちたんだよ」


 堕転したんだ。そう、少女は言った。

 堕転。

 それは、堕ちて転ずること。昇転の対極。人が妖怪になる、神が人になることを言う。

 呪い、とも少女は言った。

 呪い。

 それは人の想いがなす枷。人の想いは重い。呪いはそれを受けて人がのろくなること。強すぎる想いは人が背負うには重すぎる。だから、その人はのろい。おそして、それは呪いとなるのだ。


「だが、普通の呪いは問題はない。人ひとりの想いの重さなどでは堕とすことはない。幾人もの想い、それも命をかけるような」

「もとに戻すことはできぬのか?」


 鬼のまま生きることなど彼には考えられなかった。


「それこそ無理な話だ。言ったろう。私は救えない。救うとは掬うことだ。何かを掬うには、上にいなくてはならない。君より下にいる私は君を救うことは出来ないのは道理だ。それに為ったものを元に戻すことはできるはずがない」

「そう、か」


 悲壮な表情で黙る彼を少女は見て紫煙を吐き出す。


「だが、私はあげることならできる。だから、お前にやろう。出てこい」


 出てきたのはまた鬼であった。鬼に為った彼にはわかる。彼女も鬼であると。


「お前と同じ境遇の鬼だ。一人では生きづらかろう? そら、二人で生きろ。お前らにはお互いをやろう。対価はいらんよ。君たちはそれだけ払っただろう。私は、あげるだけさ」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 それ以来、私は、あの少女には会っていない。

 その後は、特に何かあったわけでもない。東に行って住みやすい山に居を構えた。それ以降は静かに暮らしている。

はい、前書きで言った通り、リハビリなどを兼ねて何も考えずに書きました。

ちょっとした、妖怪ものですね。イメージしたのはホリックやら東方やらですね。

コンセプトは人が妖怪に為る、妖怪が人に為る。ですかね。

あとはただ単に言葉遊びがしたかっただけです。

評判が良ければ連載になるかも。隔月更新とかになりそうですが。


メインであるホテルの方などはゆっくり書いているのでまだお待ちください。

では、また今度。

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