悪役令嬢は愛されないのが最高
「お前を愛することはない」
――婚約発表の直後、冷徹な美貌を持つクリストファー皇太子は、ピシャリと言い放った。
視線の先には、高慢ちきで有名な悪役令嬢、オリヴィア・フォン・ヴァルハイト。
政略結婚。冷え切った関係。愛のない白い結婚。
王道たる、完璧な悪役令嬢のスタートラインがここにあった。
……はずだった。
「⋯⋯。」
「ふっ……。聞こえなかったのか? 私はお前を――」
「本当ですね!?」
オリヴィアはガタッと椅子を蹴立てて立ち上がった。その瞳は、まるで推しの尊い尊顔を拝んだオタクのようにキラキラと輝いている。
「本当の本当に、私を愛することはないのですね!? 誓えますか!? 神に誓えますか!?」
「あ、圧がつよいな⋯。当然だ、私の心にはすでに聖女リリアナが――」
「やったぁぁぁ!! 万歳!! 自由だああぁ!!!」
オリヴィアはドレスの裾を豪快にまくり上げ、ステップを踏み始めた。
呆然とするクリストファー。
オリヴィアの脳内は
(よっしゃあぁぁ! 恋愛イベント免除! 嫁マウント合戦免除! 旦那の帰りを待つ孤独な夜? 最高かよ、一晩中ポテチ食いながら同人誌読めるわ!!)
「……オリヴィア? ショックで狂ったのか?」
「いいえ、正気です! 殿下、そのお言葉、絶対に忘れないでくださいね! 契約書書きます? ログ残します? 言質取りましたからね!!」
彼女は懐から素早く羊皮紙と羽ペンを取り出し、流れるような筆致で『相互不干渉・ATM契約書』を書き上げ、クリストファーの目の前に突きつけた。
それからのオリヴィアの行動は迅速だった。
「愛されない=干渉されない」と都合よく解釈した彼女は、皇太子妃としての公務を『完璧なビジネス』としてこなし始めた。
ある日、クリストファーが嫌がらせのつもりで、例の聖女を連れて庭園でお茶会をしていた時のこと。
「ふん、オリヴィア。私たちが仲良くしているのを見て、嫉妬に狂うがいい……」
そこへ、台車を押したオリヴィアが、ものすごいスピードで爆走してきた。
「はいそこどいて!! 邪魔ですよ殿下! 今から特上霜降り肉のBBQやるんで!! 聖女様も食います!? 炭火で焼くハラミ最高ですよ!?」
「えっ、あ、はい、いただこうかしら……」
「おいリリアナ、絆されるな! ……っていうかオリヴィア、お前、王太子妃の品格はどうした!?」
「品格? ああ、愛されてないんでノーカンです! 業務中はちゃんとやってるんで、ご心配なく!業務外の態度まで査定に入れないでください、労働基準法に違反します!」
オリヴィアは肉を頬張りながら、実に見事な笑顔で親指を立てた。
数ヶ月後。
クリストファーは完全に頭を抱えていた。
いくら冷たくしても、オリヴィアは傷つくどころか「殿下が今日も冷たくて最高。自由時間が増える」と大喜び。
挙句の果てには、クリストファーが夜遅くに書斎で仕事をしていると、ドアを蹴り開けて入ってくる。
「殿下! 夜食のピザです! デブの素をどうぞ!」
「……嫌がらせのつもりか? 私は太らんぞ」
「チッ、代謝がいい男はこれだから……。あ、そうそう、来週の生誕祭の件ですが、私、殿下のエスコート要らないんで。聖女様とどうぞ。私は端っこの席で、推しの騎士団長をオペラグラスで凝視する仕事があるので」
「……何?」
クリストファーの眉がピクリと動いた。
「お前、私の妻だろう。なぜ他の男を……」
「え? 最高ですよねーあの筋肉⋯!やっぱり筋肉は裏切らないし!それに、『お前を愛することはない』って言ったの、どこのどいつでしたっけ? 記憶喪失ですか? 脳の精密検査行きます?」
「それは、そうだが……。しかし、最近のお前は、その……私を無視しすぎではないか?」
そう。クリストファーは、自分を全く見ようとせず、人生を謳歌しまくっているオリヴィアが、だんだん気になって仕方がなくなっていた。
「……オリヴィア。その、前言撤回というか。お前のことを、少しは、愛してやらんことも――」
「うわ、出た!!! ダメです!!!キモ!」
オリヴィアは全力で×印を作った。
「フラグ建築しないでください! 私、来月から『愛のない冷徹旦那を放置して、領地でスローライフを送る計画』の予算通しちゃったんですよ! 今さら愛されてたまるか! 帰れ! 聖女のところに帰れ!!」
「な、なんなのだお前はーーーっ!!」
冷徹皇太子の叫びが、今日も平和な王宮にこだまするのだった。
(めでたし、めでたし)
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