【短編小説】脳毒丸
母親はもう二度と俺を妊娠しない。
俺は母親に妊娠されたいのか?やり直したい人生なんかどこにもないし、俺は二度と俺に産まれたくない。俺以外にも産まれたくない。
もう二度と、産まれることのないように!
そう願ってこの人生が穏やかな凪のまま終わるのを待っている。
誰だってそうだ。
そんな事は分かりきっている。
このパーティー会場で俺がセックスをしたいと思う相手がいないのと同じ様に、ヴァイスヴァーサ。
無駄な時間がダークマターになってこの空間を埋め尽くしている。
パーティーは終わりかけている。
誰かが吐きもどした黄土色をした液体の詰まったジョッキはテーブルの下に置かれたままになっている。
つまり俺はソファに寝転んで頭上をかすめる探り合いのジャブを打ち合う事をすっかりやめてしまったのだ。
そうやってパーティーもセックスも諦めながら人生の終わり方について検討している。
やり直したい程の価値を感じられる人生では無かったし、仮にやり直せたとしても上手くハンドルできると思うのか?
馬鹿馬鹿しい!
産まれ変わりもなにもあるものか。人生はクソで不満ばかりだが今どきの児童文学だってもう少しマシな話をするだろう。
産まれる時代すら間違えた、不細工で惨めな友だちのいないロックンロールリスナー型の人生をやり直したらPazz&Jopsな人生になると考えているのか?
もしそうならおめでたい。
アンタが大将だ。
パーティー会場の50型テレビは付けっぱなしにされていて、音が消された画面はニュースを映している。
首相と合衆国大統領が握手をしたりゴルフをしたりハンバーガーを食べたりしている映像が流されていて、世界の平和を感じていると
「おい、いまのを見たか?」
四角い顔をした男がプラスチックのコップに入った酒を舐めながら俺に話しかけてきた。
四角い顔の男はしたり顔で言う。
「いまのカット、さすがだよ。日米安保に対する映像編集マンのせめてもの抵抗って感じだ」
それは俺に言ってるんじゃないのを俺は知っている。
俺の近くで酔ったフリをしている女に聞かせているのだ。
誰にも口説かれないブスな女が、手ぶらでパーティーから帰りたくないあまり俺に口説かせようと画策していたが、俺は頼まれたってそのブスとはセックスしたくなかった。
「最近のテレビは腐ってるからね、爽快だったよ」
四角い男は俺が返事をしないのも構わずに満足そうに頷いている。
こいつの薬指に金色のリングがあるのは信じられないが、もしかしたら世の中ってのはそう言うものかも知れない。
次々とパーティーを出て行く男女に焦ったブスが俺の股間に手を伸ばした。
俺はそれを手で払いソファに身を起こした。世界が垂直になり、俺はすっかり酔っている自覚を持った。
煙草を咥えると、ブスがどこから出したのかライターで火をつけた。
だからお前は道具のままなんだよ。
でも声には出さない。それほどの情すら持ち合わせていないからな。
煙を吐きながら四角い男に訊く。
「アンタ、ここで働いて何年になるんだ?いまのは馬鹿なテレビキャスターが読み尺を間違えただけだろ」
四角い顔の男は「やれやれ」と言う表情でどこかに行ってしまった。
ブスは愛想笑いをして四角い男についていった。今夜のドギーバックは決まりか?
そう考えたところで、彼らは今夜のセックスにありついた事に気づいた。
俺はブスを嫌って今夜のセックスを逃した訳だ。構うもんか。ブスを抱きながらAV女優を思い浮かべてどうにか射精するようなのはゴメンだ。
それならセックスの無い夜で構わない。
テレビ画面はまだニュースをやっている。
読み尺の分からないキャスターがスタジオで頑張っている間、彼女の童顔ダンナは他の映像編集ガールを口説いていた。
ほら、いまちょうどトイレから戻ってきたところだ。
確かに彼女は美しい顔をしているが、おっぱいは小さいし目つきだってとても悪い。
それが魅力だろと言う同僚も何人かいる。
まぁどうせ彼女が俺とセックスしたりする事はないし、妊娠する事もない。
それに彼女が俺の母親になる事も無いし、当たり前だけど彼女は俺を妊娠したりしない。
彼女の子宮について考えるのは無駄だ。
テーブルの下にあるゲボが彼女のものだと言ったら誰か飲むだろうか。
またはこの煙草が彼女の吸い殻だと言えば買うかも知れない。
そんな事を考えないで済む人生を送れるなら、これが母親の子宮で見ている夢である事を願うばかりだ。




