現実の僕
真っ先に思いついたのは人形だ。おまじないで人形へ彼女を移す。
…いや、これは無理では?何を考えているの?僕は?
僕にそんなオカルト好きな一面があったとは、僕自身でもびっくりだ。
さて、僕には美術のセンスもないし、ミラさんを不出来な人形に移すなんてそんなことはできない。
となると死体?
そんなの無理無理。
死体なんて盗めないし、都合よく死体があったとして、ミラさんと見た目は異なるはず。
となるとドッペルゲンガー?
今まで上げたやつが眉唾だけど、ドッペルゲンガーはさらに眉唾に感じる
そもそも僕が鏡の世界に入るのもよくわからないのに、さらによくわからない要素を足してどうする
図書室で悶えていると、貸出カウンターから司書の女性がジロリと睨んできた。
「……ぬう」
そもそも僕が鏡の中に入れるのはどういうこと?
小説みたいに魔法なんて無い。ドラマみたいに妖怪もいない。漫画みたいに超科学も無いこの世界で、唯一の超常現象が鏡に入ること。
もしかして僕の妄想なんじゃないの?
…いや、それはない。鏡の中で移動もするし、時間も経っている。ミラさんも、ミラさんと過ごした時間も本物だ
僕は人込みを避けて歩く。さすがに人気のない場所以外で鏡の世界に入るのはためらわれた。
「意外と鏡の中に入れる人なんて、普通にいたりして」
……なら鏡の中でミラさん以外に人に会ったことが無いのはどういうことなのだろう。
例えばこの交差点。実は見えているけど、実際にはここに歩いている人なんていなかったりして。
それと逆に、鏡の中では見えていないが、たくさんの人がいるのだ。そう、ちょうど……
「えっ!?」
目の前を歩いてくる人に目が吸い寄せられる。
ショートカットで、少し脱色した茶色髪
長い脚を隠した黒のスカートと白いトップス
動きやすそうなスニーカー
少し伏せた眼差し。
はっとして、瞬間にすれ違いざまに腕を取ってしまった僕。
「……ミラさん??」
ミラさん?は少し目を見開いて僕を見た。
「どなたですか?」
「じゃあ、私とそっくりな女の子がいて、間違えちゃった…?」
喫茶店で、僕は彼女の向かいのソファで小さくなっていた。
テーブルの上のアイスコーヒーが揺れる。
振り払われなかったのは奇跡…本当に奇跡というほかない。
恋焦がれたミラさんと同じ顔の女性が目の前に現れた衝撃で、腕をつかんだものの、言葉が一つも出てこないどころか過呼吸でまともに歩けなくなり、やっとのことで症状も落ち着き喫茶店に連れられた。
「なんか下手なナンパみたいだね。昔、どこかで会いませんでしたか?なんて言うの」
いたずらっぽく微笑むこの、ミラさん…じゃなくて
「あの、僕は真です。真って書いてまこと。お父さんが新撰組が好きで、ホントは誠にしたかったらしいんですけど。小野田真です」「真ちゃんね。なんだかかっこいい名前だね」
僕はこの名前が好きじゃない。なんか男の子みたいな名前だし。
「じゃ、まこちゃんだ。よろしくねまこちゃん。私はかがみ。水田かがみ。ミラさんに似てるかがみさん。なんか不思議だね」
ミラーとかがみってことだよね。とかがみさんはつぶやいた。
「ミラーと…かがみ…?」
ミラさんとかがみ…僕ははっとする。つまりこれはドッペルゲンガーってこと?
同じ顔だけど、服装は違う二人。いや、鏡の中にいるミラさんと、かがみの外の世界にいるかがみさんとでセンスが異なるのは当たり前かもしれないけど。
でも、雰囲気は?話し方は?いや、もっと本質は?
「かがみさん。僕は…」
僕はかがみさんにミラさんのこと、鏡の世界のことをポツリポツリと話した。今まで誰にも言ったことが無い秘密。
初めて会った人なのに、ミラさんに似ているというだけでなんでも話してしまう。
その……ミラさんへの恋心以外は。
「ふぅん…まこちゃんは鏡の世界に入れるんだねえ。じゃあさ、この手鏡とかは?」
バッグから手鏡を取り出すかがみさん。
「いえ、全身を映すやつじゃないと。15センチの手鏡じゃ無理です。屈んでも良いんですけど」
「ふむん?」
「その…話した後で言うのもなんですけど…信じないですよね?変だし」
「まあ、不思議なことではあるけどね。でもさ。意外とそういう不思議なこともあるんじゃないかな」
「えっ?」
驚いて、すっかりテーブルの上のアイスコーヒーに固定されていた目線を上げる。ニヤッと笑うかがみさんがいた。
「からかわないでください。僕は本当に!」
「ああ、ごめん。ごめんね。そうじゃなくてね。私は鏡の世界なんて想像できないから、そういう人は逆立ちしても行けないんじゃないかなって。でもね、そういうことを認識している人がそうやって鏡の世界に行けたりするのかな~って」
「……どういうことですか?」
「つまりさ、友達になろうぜい。悩める少女」




