日常と彼女
7月
僕は実世界にいた。
忌々しい学校。将来使うかもわからない勉強。
蒸し暑くて不快だ。セミの声もうるさいし、勉強だってつまらない。
「であるからして、このXはyに…」
こんな話を聞いているなら鏡の世界にいるほうが100万倍いい。
ミラさんと会って話す。彼女の視点は独特で、何事にも代えられない貴重なものだと思う。
一度も見たことのない現実の世界の話を、目を輝かせて聞く彼女
ハンバーガーについて聞く彼女
私が現実に戻るとき、少しだけ悲しそうに伏せる目
会いに行って、パッと目を輝かせる彼女
無人のスーパーから持ってきた食品で作ったごはんを食べる彼女
「もしかして僕、ミラさんのこと…」
無意識に小声でつぶやく僕の言葉に、僕自身が驚く。
もしかして僕は…彼女のことが好き?
「あ!やっと来たね」
ミラさんは僕の姿を認めると小走りで駆け寄ってきた。
「今日は来ないかと思ったの」
「そんなことあるわけないでしょ。ミラさんは大切なんだから」
フフフと髪をなびかせて彼女は笑う。そんな彼女の姿をぼんやりと眺める
「…ねえ、ミラさん。外の世界に行きたい?」
ミラさんはちょっと考えるように空を見上げた。
鏡の中の世界はいつも晴れだ。朝でも夜でも光源の無い青い空。
「う~ん。興味はあるけど、たくさん人がいるんでしょ?みんながあなたみたいなら良いけれど…」
「僕は外の世界にも来てほしいな。話だけじゃなくて、実際に見てほしいものがたくさんある。目が回るほど早く走る車。僕の料理よりも美味しいごはん。満天の星空」
ミラさんはちょっとだけ眉を下げて言った。
「でも、前に試したらダメじゃない?私はここから出られないんじゃないかしら?もしくは外に出たら大変なことが」
「そんなわけない。僕はミラさんにいっぱい。いろんなことを知ってほしい。僕の話からだけじゃなくて。僕と同じものを見てほしいんだ」
胸がいっぱいになって僕はミラさんを抱きしめた。
一瞬だけ身体が強張ったミラさんは、おずおずと僕の背中に腕を回してくれた。
「…私はあなたがくれる話だけで充分だよ。でもね…」
フフッっとミラさんは笑った。
「あなたってとっても暖かいわ。この暖かさ、私は大好き」
強く強く彼女を抱きしめたくなる
「私はあなたが来てくれるだけで充分よ。でも」
そこで言葉を切って、おずおずと彼女は口を開いた。
「いつかあなたが私に飽きて、もしくは外の世界に私より大切な人ができて、会いに来てくれなくなったらと思うと、とても怖いわ」




