食えないヤツ
ある日の休日、水野流は街のショッピングモールの一角にある、ご贔屓にしてるカフェでブラックコーヒーを嗜みながら、久しぶりの休息を満喫していた。
しかし、それは束の間のひとときに終わった。
「アレ?もしかして流さん!?」
聞き覚えのある声に振り返ると、湯気が立ち昇るコーヒーカップを手にした、吉見由香里の姿があった。流は見なかったことにして、澄ました様子でコーヒーを一口、控えめに啜った。由香里は無遠慮に彼のテーブルの向かい側に座った。
「そんな『ゲッ!ウザいのに会っちまったな…。とりあえず一旦シカトしておくか…』みたいな顔しないでくださいよぉ〜!」
「…エスパーか?君」
由香里はヒヒッと笑いながら、コーヒーに大量の砂糖を入れてかき混ぜると、白目を向きながらズズズと音を立てて、ホットコーヒーを一気飲みした。
「あっ流さん、このあと予定あります?よければ私と一緒に店を冷やか…見回りに行きませんかぁ?」
「…そう言ってくるだろうと思ったよ。どうせ断ってもついてくるんだろ?君は」
流は諦観に満ちた顔でそう呟くと、コーヒーを飲み干した。
「…それで?まずはどこへ行くんだ?君が決めてくれよ」
「そーですね〜!ゲーセンとかどうですか?」
「やかましいところは嫌いだね」
「じゃあペットショップとか!」
「遠慮しておくよ、匂うからな」
「そんならCDショップとかどうですかぁ?」
「勘弁してくれ、最近の曲は聴いてると頭が痛くなって…」
「もォ〜!じゃあどこならいいんですか〜!?」
「そ、そうだな…」
その場しのぎに流が選んだのは映画館だった。理由は至極単純、映画を鑑賞してる間は無駄な会話をしなくて済むからである。
由香里は上映中の作品のリストを、まじまじと眺めながら言った。
「これとかどうですか?『鼻クソみたいな恋をした』!前に原作読んだことありますよ!」
「ほぉ…それで面白いのか?」
「あー最後主人公死にますよ」
「面白いかどうか聞いてるのであってネタバレは求めてないんだが」
「あ、すいません…!ちょっとトイレ行って来ますんで、流さん選んでてください!」
由香里が去った途端、流の耳元で誰かが囁いた。
「…今日は2人で映画デートぉ?」
「君は…!」
気が付くと、いつもの微笑を浮かべながら、荒井奈美が隣に立っていた。
「妬いちゃうなぁ、私」
「…おい、まさかとは思うが彼女に変なマネはするなよ」
流がそう釘を刺すと、奈美は眼を反らして言った。
「やだぁ、そんなことするわけないじゃん♪」
「まっっったく信用出来ん。デートだって?さっき鉢合わせして、仕方なく付き合わされてるだけだ」
「ふ〜ん、じゃあ君にとって私のがあの子より上ってコト?」
「何?別に上も下も無…」
奈美は突然、口元に手を当てると、周囲に呼びかけるように大声を発した。
「あ〜〜!!蛾男だ〜!!蛾男がいる〜!!」
「分かった分かった!!そういうことにしといてやる!!だから静かにしろ!」
奈美は満足気に微笑むと、手を小さく振って呟いた。
「…それじゃ精々楽しんできてねぇ♪」
「流さ〜ん、良さげなのありましたか〜?」
声に振り返ると、由香里がこちらへ小走りでやって来るのが見えた。
その一瞬の間に、奈美は忽然と姿を消していた。
「…食えないヤツだな」




