落下物
「流さーん!!今日…」
「断る」
その日の授業が終了するなり話しかけて来た由香里に対し、流は食い気味に言った。
「ちょっ…!まだ何も言ってないじゃないですか!」
「どうせ君のことだ、一緒に帰れとか、家に来いとか言うんだろ?」
流は淡々とそう言うと、スクールバッグを肩にかけて、せかせかと教室を出た。由香里は執念深く彼の後を追って来た。
「まあ、そうなんですけど…。兄さんも久しぶりに流さんに会いたいって言ってましたよ?」
「余計行きたくなくなったよ」
由香里は突然、ハッとした表情を浮かべると、わなわなと震えながら言った。
「あっ!ま、まさか…あの人と一緒に帰るからですか…!?」
「なに?あの人ってどの人だよ」
「流さんの浮気者ォ〜!!」
困惑する流をよそに、由香里は泣きべそをかきながら廊下を走り去って行った。
「何だ、アイツは…?」
その後、コンビニで買い物を終え、家に向かっていた流は、ふいに後ろから呼び止められ、その足を止めた。
「あれぇ?奇遇だね、こんなところでぇ」
振り返ると、知らぬ間に荒井奈美が彼のすぐ側に佇んでいた。
相変わらず神出鬼没な奴である。
…クソッ、ある意味変異者よりたちの悪いのが現れたな。
流はゲンナリした表情で、彼女をシカトして歩くのを再開した。
「ちょっと無視しないでよぉ。そういえば…今日は彼女さんと一緒に帰らないの?」
「妙な勘違いはやめてくれ。彼女は僕の恋人でも友達でもなんでもない、懐かれてこっちも迷惑してるんだ」
「へぇ、そうなんだぁ。よかったら私が消し…なんとかしてあげよっかぁ?」
「消すな」
背後で彼女の無邪気且つ、邪悪な笑い声が聞こえた。
「ジョークだってば。ねぇ、そろそろ変身してるとこ見せてくれない?誰かに見られたら食べちゃえばいいからさぁ」
「冗談じゃない」
「なんなら私のこと食べても構わないよぉ?あっ、変な意味じゃないからぁ」
「やかましい。そもそも君は奴のどこに惹かれてるんだ?」
益体も無い話をしている間に、彼の住居である安アパートが見えてきた。
流の問いに、奈美は待ってましたと言わんばかりに答えた。
「だって戦ってるとこカッコいいじゃん♪」
「薄っぺらい理由だな…。いいか?奴にどんな幻想を抱いてるのか知らないが、アイツはただのクソ野郎だぜ」
「…クソ野郎でも、誰かのヒーローにはなれるかもよぉ?」
意味ありげな笑みを浮かべる奈美に、流は振り返って苛立たしげに言った。
「…とにかく、改めてハッキリと言わせてもらうが、僕は蛾男じゃ…ゴハアッ」
言い終わる前に、流は彼女に突然蹴り飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「おい、急に何を…!?」
慌てて上体を起こすと、目の前に横たわっている奈美の姿があった。
胸には鳥の羽根のようなものが数本、刺さっていた。
「痛ったぁ…」
流が唖然としていると、背後から耳障りな声が届いてきた。
「ちょっと何邪魔してんのよ、このビチグソ女…!計画が台無しさじゃないの」
声の方を向くと、アパートの屋上で先日のカラス女がこちらを見下ろしていた。
「せっかく待ち伏せまでして、不意打ちしてやろうと思ってたのにさァ」
「………」
流は奈美の方へ首を後ろに向けると、小さく呟いた。
「…少し、待っていてくれ。片付けてくる」
そう宣言すると、彼の肉体がゆっくりと蛾の怪物の姿へと変異を始めた。
「フン、まあいいわ。来なさい、私の可愛い子達!ソイツをズタズタにしてやりな!」
カラス女が招集をかけると、どこからか大量のカラスが現れ、流を取り囲んだ。
その様子はヒッチコックの『鳥』さながらだ。
流はその場で回転すると、広範囲に紫色の鱗粉をお見舞いした。
それを浴びたカラス達は、苦しげな鳴き声を上げて地面に落下すると、みるみるうちに体が溶解を始めた。
「や、役立たず共…!」
カラス女は流に背を向けると、翼を羽ばたかせて見苦しく逃亡をはかった。
「そう何度も逃がすか…」
流はコンビニで買ったばかりの缶コーヒーを取り出すと、カラス女目掛けて投げつけた。見事、それは彼女の身体を貫通した。
「げえええええええ!?」
悲鳴を上げながらどこかに落下していくカラス女を見届けると、流は変身を解いて奈美のそばにしゃがみ込んだ。
「…さっすがぁ〜。良いコントロールだったね」
「いいから喋るな、今から病院に…」
「あ〜いいって。多分もう助からないし?それより…やっぱり君がそうなんでしょ?」
流は少々考えた後、やがて彼女に言った。
「ああ…そうだな、僕が蛾男だ」
「…最後にカッコいいとこ見れてよかったよ」
「……………」
「………ブッ」
「は?」
突然、奈美は何事もなかったかのように立ち上がると、身体に刺さっていた羽根を手で払った。
「は??」
「ドッキリ大成功〜。私がこんなので死ぬと思ったぁ?」
「ま…まさか君も…」
奈美は流に向かってピースサインを作ると、朗らかに言った。
「そう、私も変異者。というわけで、改めてよろしくぅ♪ガー君」
奈美はそう言い残すと、颯爽と去って行った。
「クソッ、まんまと一杯食わされたってワケか…!」
こうして、また新たに頭痛の種が増えた流であった。
その頃、少し離れた場所で…。
「そんでよ〜2組の奴が今日…ぶげっ」
「うおっ!何だ!?空からコーヒーの缶が…!おい、しっかりしろ山口!」




