晩飯
翌朝。晴れ渡る青空の下、陰鬱な表情で学校へ訪れた流は、ポケットに両手を突っ込みながら、真っ直ぐ校舎へと向かった。頭の中は、昨日の少女のことで一杯だった。
「今日は何事もなく過ごせるといいがな…」
そんな淡い期待を打ち砕くかのように、突然、彼の背後から能天気な声がこだました。
「おっは〜、蛾男君♪」
その言葉に、周囲の生徒達の視線が、流へと一身に向けられた。
「ッ………!!」
流が憤怒の形相で振り返ると、予想通り、あの少女が佇んでいた。
「何その顔、こわ〜」
「どういうつもりだ…!イカれてるのか…!?」
流が小声で戒めると、少女は意地の悪い笑みを浮かべつつ、彼に言った。
「昨日言ったでしょお、私と付き合ってくれたら正体バラさないであげるってぇ」
流は舌打ちすると、苦し紛れに呟いた。
「だから僕はヤツじゃないと言ってるだろ…!お友達くらいにはなってやる、だからせめて他の名前で呼べ…!」
「オッケー!じゃあガー君でいい?」
「…何でもいい」
「ちなみに私は荒井奈美、よろしくぅ♪」
時を同じくして、目尻に涙を溜めて大あくびをかましながら、1人のショートカットの少女が校門をくぐった。吉見由香里である。
「ふぁ〜クソねみぃです…。んっ?」
由香里は目ざとく、校舎の玄関近くに流の姿を発見した。由香里は眼を輝かせながら、手を振って彼に大声で呼びかけた。
「あっ!!流さんおはよーござ…ゲェッ!!?」
由香里は流と腕を組んで歩くツインテールの少女の存在に気付き、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
「だだだ誰ですかあのアバズ…女の人は〜!?しかも流さん凄く楽しそう…!キィ〜〜!」
強力な恋敵の出現に、激しくジェラシーを燃やす由香里であった。
放課後、由香里をうまく撒くことに成功した流は、寄り道もせず、ひとり帰路についていた。
その時、どこからともなく男性の野太い悲鳴が届いてきた。
「………」
一瞬、無視して立ち去ろうかと考えた流だったが、すぐに思い改めて、声がしたであろう方へと向かって行った。
すると、クラスメイトである春日が、他校の生徒と思われる2人組のヤンキーのそばで、鼻血を出して尻もちをついているのを目撃した。
「あっ流!!いいところに来た!〇〇校の奴らに絡まれてんだ!お前そこそこつえーだろ!?なんとかしてくれよ!」
「なんだ…来て損したな」
興味なさげに立ち去ろうとする彼の足に、春日は必死ですがりついた。
「おいおい待てよ!これまでの事なら謝るからよ!」
「君なんか助けて僕に何か得があるのか?」
その様子に、2人組の片方が流に尋ねた。
「なんだテメエ、そいつのダチか?」
「いや全然、どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてやってくれ」
「この薄情者…!わかったよ!今後一切、お前や吉見の奴にはちょっかいかけねーからよぉ!」
流は一拍置くと、ため息混じりに言った。
「仕方ないな…。さっさと行けよ、足手まといだ」
「恩に着るぜ…!」
春日は脇目も振らずに走り去って行った。
「さて、やるとするか…」
流が2人組と向かい合った途端、彼の背後から何者かが猛スピードで飛び出して来たと思うと、2人組の片方に飛び蹴りをかました。「ぐべえっ」
「うおっ!?何だコイ…はぼっ」
何者かは目にも止まらぬスピードで、もう片方にも回し蹴りをお見舞いした。
「君は…!」
「どう?私結構やるでしょぉ♪」
その正体は、驚いたことに荒井奈美だった。彼女は回し蹴りをくらって倒れた方を、何度も踏みつけて追い打ちをかけ始めた。もう片方はすでに失神している。
「おい、何やってんだ!死んじまうぞ!それぐらいにしとけ!」
「あ、もっと苦しめてからの方がいい?」
「違う!」
ヤンキーは血反吐を吐きながら、声を張り上げて流に言った。
「お、おいテメエ!ボケっと突っ立ってねえでこのイカレ女をさっさと止めろクソ野郎ォ…!」
その言葉が気に障ったのか、流は態度を一変させた。
「…やっぱり僕も蹴っていいか?」
「モチロン♪」
「ハァ!?ちょっと待っ…げあああああ!!」
その夜、人気のない夜道を2人の軽薄そうな若いカップルが、ベタベタと体を密着させながら歩いていた。女の豊満な胸を後ろから揉みしだきながら、酒臭い息で男は言った。
「おい、もう我慢出来ねーよ〜!ここでヤッちまおうぜ〜!」
「バカ!誰かに見られたらどうするのよォン❤」
「分かってないなぁ、そのスリルが興奮するんじゃねーかぁ!オン!?」
ポケットの中で携帯が振動してるのに気づいた男は、女に悟られないように、さりげなくそれを取り出すと、画面を凝視した。
液晶画面には、『サヤカ』と表示されていた。
「…ワリい、ちょっと仕事のことで電話来たからよ。少しここで待っててくれる?すぐ済むからさ」
「…ふ~ん、なんか怪しいなぁ。まさか他の女じゃないでしょうねえ?」
女に看破され、男はバツが悪そうに苦笑いすると、どもり気味に言った。
「ち、ち、ちげーよぉ〜!やだな〜、もう!」
男は女を残して角を左に曲がると、冷や汗をかきながら通話ボタンを押した。
「あ〜もしもし!遅くなって悪い、あのバカがうるさくてよ。え?何言ってんだよ、お前の方が大事に決まってんじゃねーか。そんじゃもう切るぜ、あのクソが待ってるからよ。またかけ直すわ、じゃあな。チュッ♥」
通話を終えると、男は肌寒さに身を強張らせながら、女のもとへと戻った。
「おう、待たせ…アレ?どこ行った?」
その時、男の頭頂部へと何かがポタリと垂れて来た。
「ウェッ!何だァ!?」
男が頭上を見上げると、電柱の上で巨大なカラスのような怪物が、女の腹から飛び出た腸をついばんでいた。女は目を開けたまま、既に息絶えていた。
「こんばんは〜、お兄さん♥」
「うわあああああ!!サヤ…ヨウコォォ!!」




