壁に耳あり障子に目あり
昨夜の戦いから一夜明け、水野流は青白い耳にいつものイヤホンを装着しながら、スクールバッグを肩に背負い、通学路をひとり、歩いていた。
何かに勘付いたのか、彼はふと立ち止まったかと思うと、おもむろにイヤホンを外し、ため息をつきながら右腕を変異させると、背後に肘打ちをかました。
その途端、後ろからギャッ、という悲鳴が聞こえた。
振り返ると、鋭いクチバシと爪を持った、巨大なカラスのような姿をした変異者が、地面に倒れて悶絶していた。
上体を起こすと、そいつはヒステリックに叫んだ。
「ちょっと何者よアンタ!?」
「それはこっちのセリフだ。そのリアクションから察するに、ただの腹を空かせた野良変異者かな」
「フン!これでもくらいな!!」
カラス女は流めがけて、翼についた硬質な羽根を、クナイのようにいくつか飛ばして攻撃した。
流はそれを白刃取りのように、右手の指で難なく防いだ。
「ゾォ〜〜!バ、バケモノ…!」
カラス女は分が悪いと判断したのか、高々と飛翔すると、口汚い捨て台詞を吐いて逃げ去った。
「覚えてなさいよ〜!あとで絶対アンタの頭蓋骨に穴空けて、中の脳ミソ全部ついばんであげるからねェ!このゲリグソ野郎ォ〜!」
「品のない奴だな…」
流は呟くと、自身の右腕をじっと眺めた。
「気の所為か…動きがよくなったか?まあいい」
当然気の所為ではないわけだが、彼はそう言い残すと、右手の状態を戻し、再び歩き出した。
その一部始終を、茂みの中から見物している者がいた。
そいつはほくそ笑みながら、心底嬉しそうに言った。
「遂に見つけた…かもぉ♪」
その日、流は帰りのホームルームが終わるやいなや、由香里が声をかけてくる前に光速で教室を飛び出すと、一番乗りで階段を駆け降りた。踊り場に差し掛かったところで、背後から突然呼び止められた。
「…ねぇ」
振り向くと、三つ編みでツインテールの、見知らぬ少女が階段の上から見下ろしていた。
「ちょっと話聞いてくれる?すぐ済むからぁ」
名も知らぬ少女に案内され、屋上に到着するやいなや、流は彼女に冷たい口調で言った。
「それで話ってのは何だ?手短に済ませてくれよ」
「君、蛾男でしょ?」
「なんだ、そんなことか………………え?」
彼は目を丸くさせて、少女に詰め寄った。
「今…なんて言った?」
「だから〜、蛾男なんでしょぉ?」
流は一呼吸置くと、極めて冷静に、ポーカーフェイスで呟いた。
「…何の話だかな?君どうかしてるんじゃないか?」
少女は髪を指に巻きつけながら、ニヤリと笑った。
「とぼけても無駄だよぉ、変身してるとこ見たしぃ」
「何!?どこでっ!?」
「あっ!引っかかったぁ〜♪」
「う゛っ!?」
少女は流の顔をまじまじと見つめながら、勝ち誇った表情で言った。
「まだ半信半疑だったけど…やっぱりそうだったんだぁ〜。ふうん、結構素顔もカッコいいじゃん。安心してよ、誰にも言わないから。私の願いを聞いてくれればねぇ」
「願い…?」
「うん、私と付き合ってほしいんだぁ♪」
「…はぁ?」
彼女の言葉に、流は思わず拍子抜けした。
「私、君のファンなんだよねぇ〜蛾男君」
「………」
マズい状況になったな…。今朝あの変異者と戦ってるところを見られたのか?
それに…あのクズ野郎のファンだと?コイツ一体何者だ?何か狙いがあるのか?それともただのイカレ女か?
流が訝しんでいると、少女は袖口を捲り上げ、誇らしげに腕を見せて来た。
「ほら見て、蛾男のタトゥー。超イカすでしょぉ?」
おそらく後者か…。
「あとここにも…」
そう言って少女はスカートをたくし上げようとした。
「見せんでいい、そんなもん」
流は慌てて彼女を制止すると、冷ややかな笑みを浮かべて言った。
「…フン、僕が蛾男だって?笑えない冗談だな。とても付き合いきれないね、それじゃ」
「あ!待ってよ、蛾男くぅん」
「違うと言ってるだろ」
流が少女を残して一階まで階段を駆け下りると、あろうことか由香里と鉢合わせした。
「あっ流さん!!探しましたよ〜!男子トイレにもいないんですもん!」
流はガックリと肩を落として呟いた。
「結局こうなる運命か…」
2人が校門を出て去って行くのを屋上から見下ろしながら、少女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「へぇ〜、ああいう子がタイプなんだぁ♪」




