噂のスパイダー
ひっそりとした住宅街で、人知れず1人の少年と、蜘蛛の頭部を持つ異形のものが対峙していた。
黒髪の少年、水野流はナイフを構えながら呟いた。
「昨日の事件は君の仕業なのか…?生徒会長」
彼の問いに、蜘蛛男へと変貌した永木は、平静を装いながら答えた。
「さっきから何を言っている?俺は生徒会長兼風紀委員長などでは…」
「腕章取り忘れてるぞ」
「……………」
彼の指摘に、永木は無言で腕章を引っ剥がすと、開き直ったような口ぶりで言った。
「フン、昨日の事件だと?貴様には関係ないことだ。一応言っとくが俺は好きであんなもの盗んだワケじゃないからな!」
「おい、何の話してんだ?何を盗んだって?」
「え?いや、知らないなら別にいいんだが…ン?」
背後からの物音に永木が振り返ると、自転車に乗った2人の生意気そうな少年が、物珍しそうな視線で彼を見つめていた。
「あっ!いた!噂の変態スパイダーマン!!」
「婆さんのパンティ盗んだってマジ!?」
永木は大慌てで少年達に言った。
「あっコラ!余計なこと言ってんじゃ…!」
突然、永木は変身した流に後頭部をドロップキックされ、奥へとぶっ飛んで行った。
少年達はその様子に、まるでアクション映画でも鑑賞してるかのような、黄色い歓声を上げた。
「スゲー!蛾男じゃん!初めて生で見た!!」
「必殺技出してよ!今動画撮っから!」
「ほらよ」
流が鬱陶しそうに携帯を素手ではじき飛ばすと、少年達は泣きわめきながら、自転車をがむしゃらに漕いで走り去った。
前に向き直ると、向こうからアル中のような頼りない足取りで、永木がこちらへ向かって来るのが見えた。どうやら先程の一撃がよほど応えたようである。流は諭すような口調で彼に言った。
「少しは頭が冷えたか?先に襲ってきたのはそっちだからな。しかし驚いたよ、まさか変異者の上に変態だとはな」
「遂に正体を現したな蛾男…!これで心置きなく戦えるというわけだ…!」
どうやら頭を冷やすどころか、逆に火に油を注いでしまったらしい。
「クソ、逆効果だったか…!おい聞け!僕はあの蛾男じゃ…」
「あのもこのもあるか!くらえ!!」
永木は問答無用で糸の塊を連続で発射した。
「わからん奴だな…」
流はそれを華麗な3連続バク宙で躱すと、背を向けて曲がり角を右に逃げ去った。
「フン、この俺から逃げられると思うなよ…」
永木は忌々しげにそう呟くと、彼の追跡を開始した。
「それマジ〜!?アハハ!」
ぼんやりとした街灯に照らされながら、スーツ姿でハイヒールを履いたOL風の若い女が、携帯で通話をしながら、夜道をひとり歩いていた。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
「…え?」
後ろから急に呼び掛けられ、女が振り返ると、黒光りする8つの眼を持った、学ラン姿の蜘蛛のような怪物がすぐそばに佇んでいた。
怪物はその姿に似つかわしくない、礼儀正しい態度で彼女に尋ねた。
「この辺りでバケモン見ませんでしたか?」
「ギャアアア!!目の前にいるぅ〜〜!!」
女は絶叫して怪物にビンタを食らわすと、脱兎のごとく逃げ出した。




