人違い?
永木が咄嗟に振り向くと、そこには暗闇だけが広がっていた。
「気の所為か…」
そう言って胸を撫で下ろした瞬間、彼の頭の中に無機質な『声』が響いた。
(…ここだよ。夜遅くまで随分と張り切ってるじゃないか、良い心掛けだね)
月明かりに照らされながら、永木はひとりその場で跪くと、かしこまった口調で言った。
「もったいないお言葉です。何か…御用でしょうか?」
『声』はいともあっさりと告げた。
(あの転校生を消してほしいんだ)
永木はしばらく時が止まったように凍りつくと、上擦った声で呟いた。
「い…今なんと?」
(彼の正体は蛾男…君の恩人を殺した張本人だよ)
「…何かの間違いでは?」
(私の言葉が信じられないのかな?)
その言葉に、永木の額に汗が滲んだ。
「いえ…そういうわけでは」
『声』は更に続けた。
(眠っていた君の力を目覚めさせたのは私だよ?彼は我々の計画を進める上で邪魔なんだ、優秀な君に始末をお願いしたい。君もあの蛾男に復讐を果たしたいのでは?)
「………」
永木が答えに窮していると、(期待してるよ)と言い残して、声はどこかへ遠ざかっていった。
「…了解しました」
永木は心を殺しながら立ち上がると、特に意味もなく両手でパンティを引き裂いた。
翌日、例のごとく帰りのホームルー厶を寝過ごした水野流は、閑散とした教室で眼を覚ました。ちらりと横目で隣の席を見ると、由香里の姿は無い。流は拍子抜けした様子で立ち上がった。
「なんだ…アイツ帰ったのか。ふ〜ん、まぁ静かでいいけどな」
すると、耳元で何者かが囁いた。「…あなたの後ろにいますよ〜」
「ごわっ」
流は反射的に振り返ると、背後に立っていた由香里に強烈なビンタをかました。
「ぼっ」
「し、しまった…!悪いな、大丈夫か?」
床に倒れ込んだ彼女に、流が心配そうに駆け寄ると、由香里は潤んだ瞳で顔を紅潮させながら、荒い息遣いで言った。
「ハァ…♡もっと強く叩いても構いませんよ?」
「断る。心配して損した…!ほら、立てよ」
そう言うと、流は彼女の手を取って起き上がらせた。
「ったく、君の兄貴に殺されちまうな…」
「アハハ、面白い冗談ですね!」
「冗談じゃないんだな、これが」
由香里は立ち上がると、思い出したように話を切り出した。
「あ、そうだ!流さん、さっきのホームルームの話聞きました?」
流がポカンとしていると、由香里は続けて語った。
「…この近くでまた変異者による犠牲者が出たみたいですよ。なんでも、遺体には蜘蛛の糸のようなものが付いてたとか…怖いですね〜!キヒヒ」
「糸…?」
昨日の出来事がふと頭をよぎり、流は表情をにわかに曇らせた。。
「あ、ハイ。それがどうかしましたか?」
「…いや、こっちの話だ」
そう言ってはぐらかすと、流は億劫そうにショルダーバックを肩にかけた。
「ま〜それは別にいいとして、よかったら今日も私の家に…」
「床にゴキブリ」
流は話の腰を折って、彼女の足元を指さして呟いた。
由香里は猫のように飛び上がると、机の上で丸くなってガタガタと震え上がった。
「ヒィィッ!どこどこ!?どこですかぁ〜!?あれッ?」
周囲を見渡すと、既に流は部屋から姿を消していた。




