糸
「俺は生徒会長兼風紀委員長の…永木道徳だァァ!!」
「………」
しんとした空気の中、彼の暑苦しい口調とは対照的な冷めた様子で、流が呟いた。
「それはもう聞いたよ」
「な…なんで2回言ったんでしょうね?」
永木は取り繕ったように小さく咳払いすると、再び応援団の如く威勢の良い声を張り上げた。
「自己紹介はさておき!弱いものいじめのような行為は見過ごせん!この俺が成敗してやる!」
春日は馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、毒島に耳打ちした。
「何だアイツ…毒島さん、ついでにボコっちゃってください!」
「ん?おお…(ヤベッ、強そう…)」
「うおおおおお!!」
永木は雄たけびを上げながら勇猛果敢に走り出すと、毒島へと拳を繰り出した。
………と思いきや違った。
「生徒会長拳!」
「ゴハアッ!?」
何故か彼は流の顔面へとストレートを放った。思わぬ展開に、由香里はパニくりながら悲鳴を上げた。
「ぎゃわあああ!!何してんですかこの人ォ〜!?悪者はあっちですよあっち〜!」
耳に入っていないのか、永木は吹っ飛んでいった流の方へと向かって行った。
「立てぇ!根性を叩き直してやる!」
流は上体を起こすと、慌てて彼に呼び掛けた。
「おい正気か!僕は何も…!」
「風紀委員長脚!」
「ぶげえっ」
その様子を引き気味に眺めながら、毒島は舎弟達に言った。
「な…なんか代わりにシメてくれたみてーだし、結果オーライってやつか」
「は…はぁ」
「完全にイカれてんな、ありゃ」
不良達4人はそう言い残すと、どこか釈然としない様子で去っていった。
…数分後。
永木は先程とは打って変わって沈痛な面持ちで、流の足元で地面に深々と頭を密着させていた。
「すまない、本ッ当にすまない…!!」
そう懺悔する彼の声には、深い後悔の色が滲んでいた。
「てっきり俺は、君が弱いものいじめをしてる方かと…」
「どんな勘違いだよ…!悪人面で悪かったな」
流は衣服についた汚れを払いながら、忌々しげに言った。
「しょうがないですねぇ…。反省してるみたいですし、今回は許してあげます♪」
「なんで勝手に決めてんだよ」
永木は土下座したまま、上目遣いで流に尋ねた。
「この無礼をどう詫びていいものか…。腹でも斬ろうか?」
「いや、そこまでしなくていいから…。もう水に流してやるよ、面倒くさい」
流のその言葉に、永木は目を輝かせながら立ち上がると、興奮気味に彼の肩を掴んで揺さぶった。
「おお!こんな俺を許してくれるのか!?君は聖人だな!!そうだ!お詫びと言ってはなんだが、一杯奢らせてくれ!いい店を知ってるんだ!」
「別にお詫びなんか…」
「そうと決まれば早速行くぞ!善は急げだ!フッハハハ!」
永木は流と肩を組むと、半ば強引に彼を連れ出した。
「…あれ?私は…」
ひとり残された由香里は、所在なさげにそう呟いた。
その後、流は永木とともに街の大通りを、うんざりした顔で、とぼとぼと歩いていた。
「もう少しで着くぞ!確か君は転校生の…流だったか?」
「…まあな」
彼らの前方から、3人組の小学生が歩いてきた。1人は縁石の上をフラつきながら歩いている。永木は少年の方をキッと睨んだ。
「おい少年!そんな所を歩いたら危ないぞ!直ちに降りなさい!」
「うっせーバーカ。別に平気だよ…あっあれっ?」
言ったそばから、少年はバランスを崩して車道の方へとバタリと倒れ込んだ。その後ろには、黒のアルファードがすぐそばまで迫っている。
万事休すかと思われたその時だった。
永木が素早く車道へと身を乗り出すと、少年へと右手を伸ばした。すると、彼の指先から糸のようなものが発射され、少年のランドセルに貼り付くと、彼を一瞬にして引き寄せて、間一髪2人とも事なきを得た。永木はホッと一息をつくと、満足気に言った。
「ふぅ…。危うく上杉達也になるところだ。あれ?和也だったか?」
「今のは…?」
流は目を丸くさせながら、そう呟いた。




