思い込み
これは自称疫病神こと水野流が、いかにして変異者として目覚めたかについてのエピソードである。
ちゅーわけで話は数年前に遡る…。
「ねーねー!何聴いてんの?」
昼休みの教室、流が無駄に辛気臭い表情で音楽を聴いてると、隣から何者かにそう尋ねられた。流はお高く止まった様子でそれをスルーした。すると、その何者かから片方のイヤホンを奪われた。流が振り向くと、隣のクラスの女子生徒が彼のイヤホンを耳に装着していた。確か河合衣子という名の、数多の男子達から劣情を向けられている、ロングヘアで白いカチューシャをつけた少女だった。
「何これ暗〜い!爆笑〜!」
「何だ君は…返せよ」
そう言って流は鬱陶しそうに彼女からイヤホンを奪い返した。衣子は彼の向かいの席に座ると、机に身を乗り出して、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「ねーねー、流君だっけ?なんでいつも1人でいるの?」
「…それは僕が疫病神だからさ、君も自分の身が可愛いなら僕と関わらないことだな」
「ブーーッ!!」
彼のセリフに、衣子は突然吹き出した。
「えっ待って、それギャグ?」
「本気にしてないようだから、言っとくけどな…」
流は気怠げに両耳のイヤホンを外すと、シリアスな口調で語りだした。
「小学校の運動会で僕と二人三脚した生徒は、帰りに事故で片足を失った」
「いや偶然でしょ」
「学校に向かう途中で僕になついてきた猫が、帰り道で車に轢かれて死んでいた」
「ぐーぜんぐーぜん」
「僕が誕生日に、ある店の玩具が欲しいと駄々をこねたばかりに、帰り道で変異者に襲われて母が死んだ」
「偶然…じゃない?」
「…僕をそいつから助けてくれた恩人も、次の日に死んだ」
「…………」
なんとも言えない沈黙のあと、衣子が言った。
「…じゃあさー、今から私が友達になって、そんなの思い込みだって証明してあげる!」
「…はぁ?ちゃんと話聞いてたか?」
すると昼休みの終了を告げるチャイムが高らかに鳴った。衣子は立ち上がると、流に小さく手を振って去って行った。残された流は困惑気味に呟いた。
「何だ、アイツ…!?」
それからというもの、衣子は宣言通り、彼にしつこく絡んできた。 朝に、昼に、放課後に…。
最初のうちは煩わしく思ってシカトしていた流も、次第に彼女の執念深さに折れ、やがて相手をせざるを得なくなった。
そんなある日のこと…。
「え〜近頃この街でも変異者が増えてきています。数日前にも、この学校の近くで猫の変死体が発見されたばかりです。なので皆さん、下校の際は友達と帰るなどして、なるべく1人にならないように気をつけてください。え〜友達がいない人は…まぁ頑張ってください。はい以上、解散!!」
帰りのホームルームが終わると、流はスクールバッグを手に急かすように廊下に出た。するとその瞬間、待ち構えていたかのように背後から呼び止められた。
「ねーねー流君、一緒に帰ってい〜い?」
声の主は言わずもがなである。
流は苦虫を噛みつぶしたような表情でため息を漏らすと、小さく言った。
「…好きにしてくれ」
「流君さー、明日って忙しい?」
下校途中、衣子にそう尋ねられた流は、ホットの缶コーヒーを口に運びながら、ぶっきらぼうに返事した。
「別に…何で?」
衣子はいたずらっぽく笑うと、甘えたような声でこう続けた。
「よかったら明日、2人でデートでもしたいな〜って…」
「…やっぱり忙しい」
「何それ、ひっど〜い!!あ…そう言えばさ、そろそろ考え直した?」
「…何のことだ?」
「だから〜疫病神だってこと。ほら、何も起こってないでしょ!やっぱりただの思い込みだったんだよ」
「それは………」
流は言葉を濁すと、貝のように口を閉ざした。彼の中で様々な感情が交錯していた。
「何事もネガティブに考えるのは良くないぞ〜!それじゃ私こっちだから!またね!」
衣子が去り、1人残された流はポツリと呟いた。
「そう……なのか?」
流と別れた衣子はひとり、軽い足取りで帰路についていた。すると目の前の電柱の陰から突然1人の男が現れ、彼女は慌てて足を止めた。そしてその正体に気づくやいなや、表情をにわかに曇らせた。
無造作なボサボサ頭をしたその男は、クラスメイトに陰で「陰毛」と呼ばれている、死んだ魚の目をした、薄気味悪い男子生徒だった。
陰毛は黄ばんだガタガタの歯を見せながら、ボソッと呟いた。
「…待ってたよ河合さん、ちょっと話があってね」
「な…何かな?話って」
引きつった笑みを浮かべながら、衣子は尋ねた。
「やっぱり君のことが諦めきれなくてね…」
「あぁ…ゴメン、何度も言ってるけど私好きな人いるんだ」
陰毛は目ヤニのこびり付いた薄汚い目を血走らせて、衣子のもとへ詰め寄ってきた。
「…まさかアイツじゃないだろうねぇ!?あの水野とかいう疫病神のイカれた男!」
「ち…違うよ〜!」
「Shut up!!」
陰毛はいきなり英語でキレ出した。
「嘘つくなぁ〜!!あのウジ野郎とデキてんのはお見通しだぞ〜!!あんなヤツより俺の方が君を1兆倍愛してるのに、何故分からないんだァ〜!?」
「わ…私急いでるから」
そう言って立ち去ろうとした衣子のか細い腕を、陰毛は手汗まみれの手で無理矢理掴みあげた。
「ええい、こうなりゃ力尽くで俺のモノにしてやるぅ!!」
「は、離し…!」
その時、どこからともなくコーヒーの缶が飛んできて、陰毛の顔面にめり込んだ。
「痛ッ…熱ッ!!ギャアアア!!」
鼻を砕かれた彼は四つん這いで逃げ去った。衣子が振り向くと、そこに線の細い黒髪の少年が立っていた。水野流である。
「あっ流君!どうして…」
「…最近、変異者が増えてるだろ?僕みたいなのでも、いないよりはマシかと思ってね」
流が照れくさそうにそう言うと、衣子は彼に駆け寄ってハグを交わした。
「キャー!流君優しい!大好き!」
「…やめろよ、暑苦しい」
それから何事もなく衣子の自宅に辿り着くと、別れ際に彼女は告げた。
「じゃあ明日10時に〇〇公園に集合ね!」
「は?忙しいと言っただろ」
「絶対来てね!」
そう言ってウインクすると、彼女は戸を開けて家の中に入って行った。
「行かないからな…」
流は独りごちながら、その場をあとにした。
…その様子を隠れて陰から覗き見ていた陰毛は、鼻息を荒くしながら興奮気味に呟いた。
「〇〇公園だと…!?聞いたからなァ〜!!ウッ鼻血が口ん中に…!」




