まずは友達から
流が警戒して一歩後退りした瞬間、その何かはバサバサと羽音を立てながら一斉に襲ってきた。
すかさず流は懐から護身用のナイフを取り出すと、見るも鮮やかなナイフ捌きでそいつらを正確に一太刀ずつ仕留めた。
流は刃こぼれしたナイフを放り投げると、足元に目をやった。
するとそこには、小さな翼竜のような姿をした、見たこともない生物の死骸がいくつも転がっていた。
「コイツらも変異者なのか?いや、これは…」
「…その動き、やはりただの人間ではないということか。私の作品達を返り討ちにするとはな」
前方からの声に顔を上げると、少し先の十字路の右側から、ベレー帽を目深に被った1人の若い男が、スケッチブックを手に姿を現した。
流はため息交じり呟いた。
「やっぱりアンタの仕業だったか…変態男め。作品達だと?」
ベレー帽から飛び出た長い前髪を愛おしげにいじりながら、吉見縁は悪びれる様子もなく淡々と語った。
「あぁ、君が今殺したそいつらの正体は私が描いた絵だ。私には描いた絵を実体化させる力がある。こんな感じにな」
そう言うと彼はスケッチブックを開き、胸ポケットからペンを抜くと、目にも止まらぬ速さで何かを描き込んだ。すると紙の中から身長5メートルはくだらないであろう、筋肉質で緑色の肌をした、サイクロプスを彷彿とさせる1つ目の巨人が飛び出して来た。
「君が何者かは知らないが、妹に近づく悪い虫は消えてもらうぞ。そうだな…冥土の土産に俺が力に目覚めた日のことを話してやろうか?」
「いや別にいい、興味ないし」
「あれは俺が16の時だった…」
「…………」
縁はお構いなしに仰々しい口ぶりで語りだした。
「家族が寝静まった夜に、これまでで最高の作品を完成させた俺は、かつてない充足感と心地よい疲労感に包まれていた。ふと時計に目をやって絵に視線を戻すと、何とそこには…」
…15分後。
「そしたら向こうからいきなりドカーン!…ってどこに行く気だ!?」
縁が自分語りに夢中になっている間にこっそり立ち去ろうとしていた流は、ギクリとして足を止めると、渋々彼の方に向き直った。
「チッ、バレたか…」
「フン、お喋りはここまでだ。おいお前!デカい口開けてあくびしてないで彼を始末しろ!」
「ア、ハイ」
縁がそう命じると、サイクロプスはその巨躯からは想像できないスピードで流に急接近し、その剛腕で右ストレートを放った。
「うっ!速…グホォッ!」
派手に殴り飛ばされた流はうつ伏せに倒れ、そのまま微動だにしなくなった。
サイクロプスは彼の足をつまんで無造作に持ち上げると、その大きな口で彼を丸呑みにした。
「でかした、もう戻っていいぞ。彼には永遠に絵の中で過ごしてもらおう、奴のようにな…」
その時、サイクロプスの全身が突如として粉々に弾け飛んだ。
「何…?」
縁は血飛沫の中に佇む、2枚の巨大な羽を持つ、蛾のような怪人の姿を発見した。
「何だと?コイツは…!」
その直後、蛾男は彼の視界から一瞬で消失した。
大慌てで後ろに振り向くと、流が背を向けて歩き去っていく様子が見えた。その姿は既に人間体へと戻っている。縁は大声で彼を呼び止めた。
「おい待て!君はマジに何者だ!」
「…ただのクラスメートですよ、アンタの妹さんのね」
流は振り返ることなく、素っ気ない口調で答えた。
「…何故俺を見逃した?やろうと思えば始末出来たはずだ」
「別にアンタなんてどうでもよかったんだが………彼女に悲しまれると面倒だからな」
縁は小さくなっていく彼の後ろ姿を見送りながら、やがて不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、どうやら俺の完敗のようだな。気に入ったよ、認めようじゃないか、由香里の友達としてな。流君」




