最適解を探していただけの私は、今は幸せかもしれない
私は、後悔している。
前々世では、冴えない会社員だった。
いつも通帳とにらめっこしている、ギリギリの底辺生活。挙げ句の果てに交通事故で――
『異世界転生、してみない?』
すると軽いノリの神様に呼び出されたようで、姿は見えないが真っ白な空間にポツリと立っていたら、そんなことを言われ。
流行りだしやってみるか、と軽く頷いたのが運の尽き。
生まれ変わった先は伯爵令嬢という、煌びやかな外見でドレスがデフォな貴族女性。けれども中身は私のまま。記憶もある。
たとえ赤ん坊から生まれ変わったとしても、メンタルはアンバランスなままで、地味令嬢と蔑まれていた。
それでも、どうやら全肯定ヒーローの物語に転生させてもらえたようで、そんな私を「素敵だ」「可愛い」と褒めまくるキラキラ王子。
「しんどっ!」
絆されて結婚してみたものの、相手は生粋の王子である。
歳を取ってもイケオジだし、目は輝いたままだし。本当に私なんかが伴侶でいいのだろうか、と疑問に思ったまま生涯の幕を閉じる羽目になった。
(あなたには、もっと良い人がいたと思うのに。本当にごめんなさい)
最後の最後まで、こんな考えから脱却することができなかった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
『ありゃ〜。楽しくなかった?』
またしても、軽いノリの神様だ。真っ白空間に、明るい声だけが響き渡っている。
「なんていうかその……罪悪感が拭えなくてですね」
『難儀な性格だねえ。けどなあ、このシステムって記憶持ったまま転生しなきゃなんだよ』
胸にグサリと矢が刺さった気分になる。
トキメキだったらまだよかったのに。
「んじゃ、リセットでいいです」
『それができたら苦労しないんだよねえ』
「どういうことですか?」
『ほら、異世界転生が流行りすぎてるじゃん?』
否定すべきか、肯定すべきか。
どちらに転んでも大怪我をしそうなので、黙っておく。
『新しい魂を引き込むことが、制限されちゃったってわけ。けどさあ。転生させるの止めたら、システム自体なくなっちゃって、世界と世界の架け橋が崩れちゃうのよ』
「つまり、公共事業のような」
『そう! それだね! いい例えするねえ。で、どうする?』
「どうする、とは」
『異世界転生はやめらんないからさ〜。どういう身分とかステータスならよし?』
私は一瞬考えた後で――
「才能とかスキルの全くない冒険者ならどうですか」
早く死ねるかも、という安易な考えだったのは否めない。
『分かった! んじゃ、頑張ってねえ〜!』
あっさり了承されたのが若干気持ち悪いが、私はまた新しい人生への扉を開けた。
★
「ちょっと神様。才能もスキルもなしでってお願いしたじゃないですか。なんで剣聖とかになっちゃってるんですか私」
『そんなの、真面目だからだよ〜。才能ないの分かってるからって、普通毎日剣振るう? しかも偶然神剣とか、ほんと神がかってるよね〜!』
「茶化さないでください!」
名もない村の外れで生まれ、しめしめと思った私。
弱小冒険者としてギルドに登録し、田んぼの端に落ちていたオンボロの剣を適当に振っていたら――それが神剣で、振るうたびに剣術が身についていたとか聞いてない。
いつの間にか、あちこちから露出の激しい女の子の冒険者たちが集まって、ワイワイ楽しく冒険しているうちに……いわゆるハーレムだこれ! と気づいたのはだいぶ遅かった。
何気なく剣を振るっていたら魔獣がどんどん倒れていくのも、「弱いんだなあ」としか思っていなかった。
私は本当に鈍感なやつである、とさらに自己嫌悪が増す。
気づいてからは無理やりパーティを解散。
人目につかないよう、細心の注意を払いながら生活していたのに、まさかの魔王降臨。
「世界滅亡ってなったら、戦わずになんてっ。っくう、してやられた感!」
『あっはっは! 本当に、真面目だねえ〜』
魔王と相打ちになり、英雄と讃えられて命を落とした私は、居た堪れない想いしかない。
『で。次はどうするの?』
「絶対人がやってこれないような森の奥で、お願いします」
こうなっては自棄だ。
人に会わなければいいのだ。
『りょーかい。頑張ってねえ〜!』
「頑張りません!」
『あっはっは!』
★
「だからって、なんで魔女なんかにしたんですかあああああ! しかも! もふもふとか!」
『あれ? 気に食わなかった? 今までで一番充実してんな〜と思ったんだけど』
「っしてません」
気がつくと、人里離れた森の奥にいた。
そこまではいい。
問題は、膨大な魔力を内包した魔女に生まれ変わっていたことだ。
ちょっと出来心で「ファ、ファイアボール? なんてね?」とか言っちゃってみろ。
一瞬で森が焼け野原だ。
大慌てて木を生やす魔法を唱えたら、今度は火事と魔力を察知した獣人の国の王様が走ってきたぞ。
いいか、よく聞け。
――真っ白な、狼だ。
凛とした青い瞳に、尖った耳。もふもふの毛はもちろんのこと、伸ばされた背筋に騎士の鎧なんて身に着けられた日には、逆らえる? 逆らえるわけがないだろう。即答さ。笑ってくれ。
初めは警戒心マックスだったくせに、私に害がないと分かると一気に懐かれて。
狼の一途さ、知識としてはあったよ? あったさ。
「もふもふ溺愛は、やべえコンテンツでした……」
真っ白な空間、軽すぎる神の声を前に、私は両手両膝を地面に突くしかできない。
『ひひ。楽しかった?』
「楽しい、と考える暇もありませんでした」
獣人の国は、人間の国との戦争寸前状態。
私のところへ国王自らダッシュしてきたのも、そのせいだった。
私は両国の橋渡しをすべく、人間としての魔力を見せつけ、国境に見張り番として居座り、有利さの天秤が傾くたびに――人間もしくは獣人に肩入れする。
難しい人生を歩まざるを得ず、国王の求婚は断らざるを得なかった。
白狼の王は、生涯独身を貫き通してしまった。
当然、私の罪悪感はさらに増す。
『んじゃ次は、どうする?』
「どう、しましょう……」
『それなら、勝手に決めとく。んじゃ、頑張ってね〜!』
頑張ってね〜がトラウマになって、言われるたびにビクッとするようになってしまった。
★
そうして私は再び、日本人として生まれ変わっていた。
冴えないごくごく普通の女性なのは相変わらずだし、罪悪感も相変わらず。
だけれど、貴族令嬢としての教育を生かして、所作や礼儀が素敵だと褒められる。
冒険者だった頃の経験を生かして、女性同士のいざこざを嗜めることができるし、魔王と相打ち以上に怖いことなどない。それに、長い棒さえあれば多少の暴力沙汰は回避できる。
犬にはものすごく好かれるし、こんな私にもおかしいくらいに一途な男性が現れたら――今度は後悔しないよう、素直に手を取ることができた。
『ふふ。回り道しないと幸せになれないなんて、面倒な人だねえ』
「すみませんが、まだまだお付き合いお願いします」
『いいよぉ!』