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第4話

麗奈はグラスを傾けながら、微かな違和感を感じていた。森川の隣に座りながらも、どこか視線を感じる。

——目線の先を辿ると、斗真がこちらを見ていた。

(……なに?)

一瞬、麗奈は驚いた。あの無関心だった男が、自分を見ている?

しかし、目が合った瞬間——

斗真は、すぐに視線を逸らした。

(……ふふっ。)

麗奈は、微笑を隠すようにグラスの縁にそっと唇を寄せた。森川と話しながらも、気づけば何度も斗真と目が合う。

(私を見てるくせに、目を逸らすのね。)

目を逸らすという行為こそが、男の「動揺」の証。

(……やっぱり、あなたもそうなのね。)

麗奈はゆっくりと指をグラスの縁に這わせながら、挑発するようにもう一度視線を送った。

——すると、また目が合った。

斗真はわずかに表情を曇らせ、再び視線を外す。

(間違いないわ。)

麗奈は確信する。斗真は、結局——他の男と同じだった。"興味がない"と装いながら、気になって仕方がない。

(だからあの時の発言も、照れ隠しだったのね。)

「良さがわかりませんでした」

あの一言を思い出し、麗奈は小さく笑った。(可愛いじゃない。)

「麗奈?」

森川の声に、麗奈はハッと我に返る。

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていました。」

「珍しいな。」

森川は冗談めかした口調で微笑みながら、麗奈のグラスにシャンパンを注ぐ。

「俺より、気になる男でもできたのか?」

「ふふっ、そんなことないですよ。」

麗奈は優雅に笑うが、その視線は、また斗真を追っていた。


麗奈は森川との会話を終え、再び斗真の席へと戻ってきた。彼の姿を見つけると、自然と微笑みがこぼれる。

「斗真さん、お待たせ!」

彼の隣に腰を下ろしながら、わざと軽くグラスを鳴らす。しかし、斗真の表情は変わらず、じっと彼女を見つめていた。

「あの男とは結構仲がいいみたいだな。」

斗真が低い声でそう言うと、麗奈は軽く瞬きをした。

(……今、何か探るような目をした?)

「森川さんのことですか?」

「そうだ。さっき随分と親しげに話してたな。」

麗奈はくすりと微笑んだ。「もちろん、大切なお客様ですもの。」

「……それだけか?」

「それだけ、とは?」

麗奈は首をかしげながら、斗真の視線をじっと見つめ返す。彼は表情こそ変えないものの、その目にはわずかに鋭さがあった。

「いや、ただの興味だ。」

「ふふ、斗真さんって意外と好奇心旺盛なのね。」

麗奈は、さりげなく斗真のグラスに酒を注ぎながら言った。

「でも、気にしないで。お店では、どのお客様とも仲良くするのが私の仕事だから。」

斗真は無言でグラスを持ち上げ、一口飲む。それを見ながら、麗奈は思う。

「私に興味が出てきた?」

無関心を装っていたはずの男が、わざわざ森川のことを口にする。それは、まるで嫉妬にも似た感情のようにも感じられた。

(……ふふ、まさかね。)

麗奈は軽く笑いながら、斗真の方へ身を寄せる。

「でも、斗真さんには私との時間を楽しんでほしいな。」

「……。」

「せっかく来てくれたんですもの。もっとリラックスして?」

挑発するように甘い声で囁くと、斗真はわずかに視線をそらした。

その仕草が、どこか"戸惑い"に見えて、麗奈は確信した。

---

斗真はクラブの扉を押し開け、六本木の夜に足を踏み出した。ビルの間に広がる灯りが、冷たい空気の中で静かに輝いている。

(……無駄な時間ではなかった。)

ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。深夜2時。いつもなら、とっくに帰宅してデータを整理している時間だ。

タクシーを拾うつもりだったが、ふと立ち止まり、夜風を感じた。ビルのガラスに映る自分の姿を見つめる。

(森川は怪しい動きをしている。)

それは確信に近かった。今日の会話で、麗奈が森川とどれだけ親しいかが分かった。さらに、彼の投資話を客として聞いているうちに、森川の手口も垣間見えた。

(やはり、裏がある。)

だが、まだ核心に迫る情報は掴めていない。これ以上の調査が必要だった。

スマホを操作し、森川の会社についての最新のニュースや取引情報を確認する。すると——

「……やはり、金の流れが不自然だな。」

海外ファンドへの不透明な送金。それに関わるいくつかの企業名が浮かび上がる。そして、その企業の一つが六本木のクラブと繋がっていた。

(偶然、ではないな。)

タクシーを捕まえ、乗り込む。

「……渋谷まで。」

運転手が頷くと、車が滑るように走り出した。斗真はスマホをもう一度開き、手際よくメモを整理する。

得た情報:

森川俊は「海外市場が有利」と煽りながら、不透明な投資案件を勧めている。

クラブを利用し、投資家たちと関係を築いている

送金の流れが不自然で、いくつかの企業と繋がりがある。

麗奈は森川の動向を一番近くで見ている可能性が高い。


ただのホステス遊びなら、いくら金持ちでもここまで頻繁に出入りはしない。森川はクラブを、何らかの取引の場としても利用している。

斗真は考えを巡らせながら、スマホのキーボードを叩く。

「佐々木、送金データを洗えるか?」

送信ボタンを押した直後、スマホが震えた。即座に返ってきた返信は簡潔だった。

「既に手をつけてる。明日の朝には報告する。」

(さすがだな。)

助手席に寄りかかり、深く息をつく。

(次の手を打たないと。)

森川の不透明な投資案件を暴くには、さらに深い調査が必要だ。麗奈から情報を引き出すことも、選択肢の一つだった。

(……いや、あの女は簡単に利用できる相手じゃない。)

麗奈はしたたかだ。彼女を適当に操れるほど、斗真は甘い考えを持っていなかった。

タクシーがマンションの前に滑り込むと、斗真は無言で降り、ドアを閉めた。高層ビルのガラスに映る自分の姿を見つめ、静かにエントランスへと足を進める。

(森川俊……お前の金の流れ、全部暴いてやる。)

部屋に入り、スーツを脱ぎ捨てると、すぐにパソコンを開いた。冷蔵庫から取り出した水を飲み干し、画面に目を走らせる。

「ここからが本番だ。」

斗真は指を動かしながら、さらに深く調査を進めていった——。

---


夜の余韻が微かに残る室内。

シルクのナイトガウンを羽織った麗奈は、都心の高級タワーマンションのリビングでワイングラスを傾けた。

大理石のカウンターに肘をつきながら、スマホの画面をスワイプする。

(今日も悪くない夜だった。)

鏡に映る自分を確認する。完璧な笑顔、滑らかな肌、艶やかな黒髪。

「……さてと。」

スマホを置き、もう一度グラスを口元に運ぶ。深紅のワインが、喉を滑るように流れていく。

麗奈にとって、クラブでの夜は仕事であり遊びだった。しかし、どちらにせよ、その関係をどう展開させるかは自分次第。

(そろそろ、次のターゲットを探す頃合いね。)

微笑みを浮かべながら、スマホのメッセージアプリを開く。

営業メールを送る時間——ホステスにとって、それは最も重要な“仕掛け”の時間。

「また会いたいな!今日は楽しかったです。」「和真さん、お仕事お疲れ様です!またゆっくりお話ししましょうね♪」

複数の客に向けて、手慣れた手つきでメッセージを送っていく。返信が来る男もいれば、しばらく無視して駆け引きを楽しむ男もいる。

麗奈は、何人かのリストを確認しながら、ふとある名前で手を止めた。

橘 斗真

(……そういえば、彼にはまだ営業をかけてなかった。)

数日前、久しぶりに店へやってきた無関心な男。麗奈の目の前で、まるで「仕事」のように酒を飲んでいた。

最初はただの興味だった。だが、何度も目が合ったあの夜、彼が見せた動揺は、明らかに他の客とは違っていた。

(やっぱり、どんな男も私には勝てない。)

少しの好奇心と、確信の入り混じった気持ちで、麗奈は指を動かす。

「また会いたいな!そういえば斗真さんはお年齢いくつですか?」

メッセージを送信し、グラスを口に運ぶ。赤い口紅がグラスの縁にわずかに残る。

(34か35なら……絶対、私のものにできる。)

“手に入らないものはない”

そう信じていた。

スマホの画面が震える。彼からの返信だ。

「34です。」

グラスを置き、スマホを見つめる。予想通りの答え。

(完璧。)

麗奈はスマホの画面を見つめながら、ゆっくりと指でメッセージをスクロールする。

(彼は少し変わってて、遊び甲斐がありそうね。)

これまでの男たちは、彼女の魅力にすぐに落ちた。高級時計をちらつかせる男、大企業の肩書きを誇る男、「本気で惚れた」と囁く男——

けれど、斗真は違った。最初の出会いで「良さがわかりませんでした」と突き放し、再会した時も、心から楽しんでいるようには見えなかった。

(でも、結局は目を逸らした。)

あの夜、森川の席から斗真を見たとき、彼は何度も視線を避けた。

(結局、どの男も同じ——)

最後は、彼女に抗えない。

麗奈はスマホを握り直し、斗真を次の“ターゲット”に決めた。

「また会いましょうね♡」

さりげなく、けれど確実に距離を詰めるメッセージを送る。すぐに既読がつく。

彼女はグラスを手に取り、ゆっくりとワインを口に含んだ。甘く深い香りが広がる。

彼をどこまで楽しませるか。どこで手のひらから落とすか。

全ては、麗奈の手の中にあった。

---


翌週のある夜

斗真は、再び六本木のクラブへ足を運んだ。目的はただひとつ。森川俊の調査。

麗奈からの誘いも、このためなら応じる価値がある。

「斗真さん、いらしてくれたんですね!」

麗奈は満面の笑みを浮かべ、まるでずっと彼を待っていたかのように手を軽く振った。

「……まあな。」

斗真は静かに席に着き、グラスを持つ。

「ここのウィスキー、お好きかしら?」

「別にこだわりはない。」

「ふふ、相変わらずね。」

麗奈は楽しげに笑い、彼のグラスにそっと手を添える。

わずかに触れた指先。男なら、誰もが意識する距離。

しかし、斗真の表情は変わらなかった。

(……無反応?)

普通なら、この距離に驚くか、あるいは意識するはず。

けれど、彼の瞳はまるで“別の何か”を見ているようだった。

「斗真さん、最近お忙しいですか?」

「まあな。」

「それでも、またこうして来てくれて嬉しいわ。」

麗奈は、軽やかに微笑みながら、彼の視線を捉えようとする。

だが、斗真は淡々とした態度を崩さない。

(……何を考えてるの?)

麗奈は、初めて“焦り”のようなものを感じた。

彼は確かに目をそらした。それは彼女を意識している証拠だと思っていた。

けれど、いざこうして対面すると——彼の態度は、まるで興味がないかのよう。

麗奈は、斗真の胸元にそっと身を寄せる。

「ねぇ、斗真さん。」

「……なんだ。」

「少しは私に興味、持ってくれてる?」

彼女はゆっくりと、挑むように微笑んだ。

その瞬間、斗真の瞳が一瞬だけ鋭く光る。

(——なに?)

その視線には、男の欲ではなく、探るような冷静さがあった。

まるで、彼女が“何者なのか”を分析しているかのように。

麗奈の微笑みが、一瞬だけ固まる。

「.....ああ。」

斗真は、短くそう答えただけだった。

(……この男、読めない。)

麗奈は今まで、どんな男の心理も手に取るようにわかった。どこで落とせるか、どこで突き放すべきか。

けれど——

斗真だけは、何を考えているのかが見えなかった。

「あの男、よく店に来るのか?」

「森川さんのこと?」

「そうだ。」

麗奈はほんの少し考えるふりをしながら、グラスの縁をなぞる。「ええ、最近はよく来てくださるわ。うちのお店も気に入ってくれてるみたい。」

「投資の話もしてるんだろ?」

「そうね、彼は色々教えてくれるの。」麗奈は何気ない口調で言うが、斗真はその言葉にわずかに眉を動かした。

「……例えば?」

「うーん、最近だと海外市場の動きとか? 日本の株は不安定だから、資産を分散したほうがいいって言ってたわね。」

「それだけか?」

「ふふ、斗真さん、森川さんに興味があるの?」

麗奈はいたずらっぽく笑いながら彼の顔を覗き込む。けれど、斗真の表情は微動だにしない。

(……この人、本当に何を考えているのかわからない。)

麗奈は、少しだけ口元を歪めた。これまでの男たちは、彼女がちょっと微笑むだけで調子を崩した。けれど——この男は、何も感じていないように見える。

「私ばっかり質問されてるわね。」麗奈はわざと、甘えたように首を傾げる。「今度は私から聞いてもいい?」

「……なんだ?」

「斗真さんは、どんな女性がタイプ?」

斗真は、一瞬だけ目を細めた。

「……。」

彼の視線が、麗奈の瞳を捉えたまま沈黙する。

(この人、今までの男たちと違う。)

麗奈は心の中で確信する。どんな男も、こういう質問をされれば、少しは動揺するものだ。けれど、斗真の表情には迷いもなければ、照れもなかった。

「特にない。」

淡々とした声だった。

「特にない?」

麗奈は思わず笑ってしまう。「そんなこと言う人、初めて聞いたわ。」

「私はどう?」

斗真は肩をすくめながら、冷めた視線を向けた。「そもそも、俺は水商売の女には興味がない。」

麗奈の笑顔が、わずかに固まる。

(……何それ。)

「私、今までそんなこと言われたことないわ。」

「だろうな。」

その言葉に、麗奈の指がグラスの縁を強く握る。彼の口調はまるで「俺には時間を使う価値がない」と言っているようだった。

「そんなこと言わないで。私は斗真さんともっと仲良くなりたいのに。」

麗奈は、いつものように甘く囁く。けれど——

「……俺には、その必要がない。」

斗真の声は、冷たいままだった。

(……。)

麗奈は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。それから、すぐに完璧な微笑みを作る。

彼女はわざと、斗真の隣に身体を寄せた。けれど——

「お前の手口は、よく知ってる。」

斗真は、冷静に麗奈を見つめ返した。

「男をその気にさせて、楽しんで、飽きたら捨てる。……そういうやり方だろ?」

麗奈の心臓が、どくんと鳴った。

「……へえ、私のこと、そんな風に見てたの?」

「見てたというか、そういう人間なんだろ?」

麗奈は、思わず微笑む。

(何なのこの人。)


—-


クラブを出た斗真は、静かにスマホを取り出し、森川俊の最新の投資動向を確認した。六本木の夜は相変わらず喧騒に満ちていたが、彼の思考はひどく冷静だった。

麗奈の誘惑も、媚びた笑顔も、彼には何の影響も与えなかった。むしろ、それを利用することで確実に情報を引き出せると確信しただけだった。

(あの女が森川と親しいのは間違いない。)

森川アセットマネジメントの動きは、すでに金融業界の中でも話題になっていた。未公開株、海外ファンド、リスクの高い案件を個人投資家に売りつけるスキーム。斗真が調べる限り、それは表向きには合法だが、限りなくグレーな投資だった。

(もう少し裏を取る必要があるな。)

彼はスマホを操作し、すでに手配していた情報屋からの報告を確認する。


佐々木からのメッセージ「森川の投資ファンド、最近特定の企業の株を不自然に買い占めてる。表向きには分散投資と言ってるが、実際には一部の顧客を意図的に誘導してる可能性が高い。特に未公開株の売り抜けが疑わしい。この件、もう少し調べるか?」

斗真は指でメッセージをスクロールしながら、目を細める。(未公開株の売り抜け……か。)

未公開株とは、一般の市場で取引される前の株式を指す。これを安値で仕入れ、投資家に「有望な企業の株」として売りつける。しかし、問題は——

本当にその企業が上場する保証はどこにもないということだ。

斗真は静かにコーヒーショップに入り、ラテを注文した。店の隅に座り、ノートPCを開く。すぐに、森川の会社が関与した最近の取引を確認した。

最近の投資案件未公開株式ファンド(投資家を募集中)海外不動産プロジェクト(詳細不明)某企業の株式を不自然に集める動きあり

不審点同じファンドの中で、別の企業の株式も大量に買われている一部の投資家には「特別ルート」として紹介されている上場予定とされる企業の実態が不明

(やはり、意図的な価格操作の可能性が高いな。)

そして——

森川は頻繁に麗奈のいるクラブを訪れている。

麗奈は、森川の投資話を「勉強になる」と言っていた。それが、単なる世間話なのか、それとも何かを知っているのか——。

(この女が、どこまで情報を持っているか。)

斗真は、次にクラブへ行ったときにもう少し深く話を引き出すことを決めた。

彼は静かにコーヒーを飲み干し、スマホを手に取る。

斗真:「もう少し詳しく調べろ。特に未公開株のルートと、顧客リストを可能な限り入手してくれ。」

佐々木:「了解。ただし、これはかなりデリケートな案件だ。相手が怪しんだら、一気に手を引けよ。」

斗真は短く「わかってる」とだけ返し、スマホをポケットにしまった。

これで、次にクラブへ行く理由はできた。

---


クラブの営業が終わり、控え室には夜の余韻が残っていた。ホステスたちは帰り支度を進めながら、軽く談笑したり、スマホをチェックしたりしている。

鏡の前では、誰かが髪をほどきながら「あ〜疲れた」と伸びをする声が聞こえ、奥のロッカーでは「また明日ね〜」と軽く手を振り合う声もする。

麗奈は、静かにイヤリングを外しながら、ふと向かいのソファに目を向けた。そこには、有紗がいつも通り落ち着いた様子でアイスティーを飲んでいる。

麗奈はバッグを手に取りながら、ふと口を開いた。

「……有紗先輩。」

有紗はグラスを持ったまま、ゆっくりと顔を上げる。

「何?」

「客は興味がないなら、なぜ指名するんでしょうか。」

麗奈の声には、かすかに苛立ちが混じっていた。

「『良さがわかりませんでした』なんて言っておいて、それなのにまた来る。それどころか、指名までしておいて、話していても何を考えているのか全く読めないんです。」

そう言いながら、麗奈はロッカーのドアを軽く閉める。

「こっちが距離を詰めても反応が薄いのに、それでも指名を続ける。まるで、私を試しているみたいで……正直、迷惑なんです。」

有紗はグラスの中の氷を揺らしながら、静かに麗奈を見つめた。

やがて、一口ワインを飲むと、ゆっくりと唇を離し、ぽつりと呟く。

「……誰の話?」

「橘 斗真さんです。」

「そうね……何でだろうね。」

麗奈は思わず眉をひそめる。

(それだけ?)誰かが「お先に失礼しま〜す」と言いながらドアを開け、外の空気がふっと入り込む。

それでも、有紗は特に表情を変えず、ただ静かにグラスを揺らしていた。

「……ちょっと、先輩、それじゃ適当すぎません?」

有紗は微笑むでもなく、ただ麗奈を見つめる。

「だって、本当に何でだろうねって思っただけよ。」

「……。」

麗奈は、バッグの持ち手を少しだけ強く握る。

(私が聞いてるのに……どうしてそんなに他人事みたいなのよ。)

「麗奈、帰ろ?」

別のホステスが声をかける。麗奈は一瞬視線を動かし、「今行く」と返した。

最後にもう一度、有紗の方をちらりと見る。

彼女は相変わらず、特に興味がなさそうにグラスを揺らしていた。

「……橘、ほんと迷惑。」

小さく呟きながら、麗奈は控え室を後にした。

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