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番外編 過ぎ去りし未来(レオナルト編)


 まだ自分が幼かった頃、勉強を抜け出して訪れた皇宮の庭園で出会った少女がいた。

 その頃のレオナルトは皇太子としての矜持なんて持ち合わせておらず、ただ厳しい教育に嫌気が差して勉強を抜け出していた。そこで彼女――ラウラに出会ったのだ。


 白に近い桃色の髪の少女はよく笑っていて、それに惹かれたのだろう。

 未来の皇帝として、この国をよりよい未来へと導くのなら、彼女とともにしたいと幼いながらそう思って、大きくなったら婚約する約束もした。そのために自分も皇太子として誇れるように成長しようと思っていた。

 あの時のレオナルトはまだ幼く、相手も同じ気持ちなのだと純粋に信じていた。


 それが間違いだと気づいたのは、父である皇帝を説得して、彼女の家――ボタニーア家に、親書を送った後だった。ボタニーア家の令嬢を婚約者に迎えたいという内容だったと思う。それにラウラが応じてくれると、レオナルトは信じていた。

 だけど彼女は縁談に応じてくれず、選ばれたのは彼女の妹のクララだった。

 

 なぜ、と思った。

 どうして彼女は選んでくれないのだろうと。


 皇室として、ボタニーア家との縁は深めておきたいものだ。だからレオナルトはラウラに選んでもらえなかったことに疑問を覚えながらも、クララを婚約者として迎え入れることにした。

 もしこの時、ラウラが聖女の力を覚醒していたとすればまた違う未来になっていたのかもしれない。だけどラウラが聖女の力を覚醒したのは、レオナルトの婚約者が決まった後だった。

 そしてラウラは、あろうことか弟の婚約者になってしまった。


 あれから社交界でラウラと顔を合わせるたびに、もどかしい思いが湧き上がって、彼女と上手く接することができなかった。

 それでも婚約者として、彼女の妹とは誠実に接してきたつもりだ。


 婚約してから二年後に戦争が起こり、レオナルト自身も戦場に何度か足を運んだりしたが、皇太子だからと前線に出ることはなかった。

 そして忙しいながらも一年前に結婚式を挙げて、その後しばらくしてクララがレオナルトの子を身ごもった。

 その第一子がそろそろ誕生する頃に――。


 終戦の知らせで沸き立つ帝都の裏で、とんでもない報告が持ち上がってきた。


「なんで、聖女を処刑なんてことになるのだ」


 ラウラが戦場から逃げ出して、皇室第二騎士団の一隊のほとんどが死亡したらしい。

 その責任を取って、ラウラを処刑すべきだ、というのが被害を受けた皇室第二騎士団の総意だった。そしてそれを先導しているのがラウラの婚約者であるアルベルトだというから驚きだ。

 騎士の多くは貴族だ。たまに戦果を挙げて平民から騎士になる者もいるけれどその数は数えられるほど少ない。


 戦場では、平民で構成されている兵士だけではなく、騎士ですら命を落とすことがある。これは戦争をするうえで避けて通ることができないことだ。それを少しでも防ぐために、比類なき魔力と驚異の回復力を持ち合わせた聖女も前線へと赴くことになっている。


 戦場で騎士が命を落とすのは珍しいことではない。

 だけど今回は、その回復の要である聖女が戦場から逃げ出したことにより、多くの騎士が命を失った。


 貴族たちからも不満の声が上がっていて、特に肉親を失った貴族たちが騒ぎ立てている。

 聖女が義務を果たさなかったから家族が死んだのだ。命で償うべきだ。


 だけどラウラが聖女になってからいままで多くの命を救ってきたことを知っている者もいた。その者たちは死刑は重すぎる処罰だとして反対している。


 二つの派閥に分かれたり、傍観する貴族も多くいる中、さらに追い打ちをかけてきたのがアルベルトと、それからラウラの兄であるカルロスの存在だった。

 聖女の婚約者と次期公爵がラウラの処刑を進めているというのだ。


 それにより反対派の意見は少なくなっていた。


「愚かな。聖女の力がどれだけ国に貢献してきたというのだ。それを――敵前逃亡したからと言って、易々と処刑していいわけがないだろう」

「兄上。いや、皇太子殿下。皇室第二騎士団の団員の多くは、ラウラの失態により命を落としたのですよ。多くの人が彼女の死を望んでいるんです。……ラウラを処罰しないと死んだ仲間は浮かばれない。――それに、もう戦争は終わったのです」


 目の前で悲し気に目を伏せながらも、信じられないことを口にするアルベルトを、レオナルトは赤い瞳で見据えた。

 その碧い瞳の真意を読みとろうとしたが、相変わらず読めないやつだった。

 悲しんでいるのか、それとも笑っているのか、よくわからない。


「だが、聖女はそなたの婚約者だろう? それなのに彼女の死を望むというのか?」

「……ああ、俺だって悲しんでいますよ。ラウラが死ぬのはとても苦しい。戦争が終わったら結婚するつもりだったんです。……でも、ここは皇室第二騎士団の団長として、心を殺して聖女の罪を訴えなければならないのです」


 婚約者だろうが、権威者として正しい行いをしなければいけない。

 おまえはどう選択する? そう、言いたげな瞳だった。


「だが」


 その瞳を見返しながらも、レオナルトの心は揺れていた。

 敵前逃亡は兵士だろうが騎士だろうがあきらかな軍規違反として、重い処罰の対象になる。特に今回のように、多くの騎士たちが亡くなっているのであれば、処刑もやむなしと捉えることはできる。


 だけど、それでも、彼女は――。


「もしかして兄上、私情で動いていますか?」

「……なんだと?」

「いや、違うのならいいんです。……でも兄上って幼い頃、ラウラに好意を抱いていたではありませんか」

「……!?」


 確かにレオナルトは、幼い頃ラウラに好意を抱いていた。

 彼女の妹のクララと婚約してからも、たまにラウラのことを目で追ってしまうこともあった。

 だけど、それももうずっと前に吹っ切れているはずだ。いまはクララの良き伴侶として、それから次期皇帝として、それに恥じないように行動をしてきている。

 だからアルベルトの言葉に反論できるはずなのに、咄嗟に言葉が出てこなかった。


「……ハハッ。やっぱりそうだ」


 何が面白いのか、アルベルトが手を叩いて笑っている。いま同じ部屋には二人しかいない。だからこの話題を出したのかもしれない。


「兄上。もし皇太子が私情で聖女の処刑を取りやめたと周囲に知られたら厄介ですよ」

「……そんなつもりはない。切り離している。それよりも、そなたは――」


 アルベルトの瞳を見て、ハッとした。

 嘲笑するようにこちらを見る碧い瞳。そこには一切、悲しみの情がなかった。

 ただ目の前にいるレオナルトの醜態を面白がっているだけで、自分の婚約者が処刑されようが、まるでどうでもいいように思える。


おまえ(・・・)、もしかして」


 悍ましい考えが過ぎって、言葉に詰まる。

 幼い頃のアルベルトは、レオナルトを純粋に慕ってくれていた。だけどいつからか、皇太子の座を横取りしようと目論むようになった。それも戦争が始まってからは、落ち着いていたのだけれど――。


「彼女と――聖女と婚約をしたのは、愛し合っていたからではないのか?」


 アルベルトは、肯定も否定もしなかった。

 だけどレオナルトは悟っていた。弟は元からラウラのことを愛してなんかいなかったのだと。 

 アルベルトは皇太子の座を奪うために、ラウラを利用しようとしたのだ。

 だけどレオナルトが皇位を継ぐのはもう目前だ。いくら戦争で手柄を立てても、聖女との血筋を残しても、アルベルトが皇位を継ぐことはできない。レオナルトは建国祭と同じ日に生まれた。それにより太陽神の加護があると称えられて、産まれた時から皇太子となるために育てられてきた。そんなレオナルトの座を奪うのはもう望み薄だと思ったのだろう。

 だからアルベルトは、ラウラを捨てることにしたのだ。

 処刑という、最悪な方法で。


「兄上がなにを考えているのかはわかりませんが、俺はただ死んだ仲間のことを想っているだけですよ。罪には罰が必要ですから」


 笑うアルベルトの瞳からは、もう悲しみを感じない。

 その碧い瞳にあるのは、ただ歪んだような、欲望だった。


 アルベルトは皇位こそ継ぐことはできないが、戦争で上げた成果により、大公位が授けられることになっている。大公位は四年前から空白のままだ。

 大公になったら、北部の大地がアルベルトの統治下になるだろう。皇帝にはなれないが、北部の広大な大地が手に入るのなら、それでもいいと思ったのだろう。


「では兄上。俺たち第二騎士団の総意は伝えましたから。厳重な処罰を下してくださいね」


 笑って部屋から出ていくアルベルトの背中を、レオナルトは赤い瞳でにらむことしかできなかった。



    ◇◆◇



「まあ、来てくださったのですね、殿下」


 寝台に寝ていたクララが、レオナルトの姿を見ると嬉しそうに顔を綻ばせた。枯れ枝のように細かった腕は、いまでは一般の成人女性と同じぐらいの太さに戻っている。


「ああ。様子を見に来たんだ」

「もう、お腹の中で元気に暴れていますわよ。触れられますか?」


 恐るおそると言った様子で訊ねられて、頷く。

 クララのお腹は痩せていた時に比べ大きくなっていた。これでも妊娠した当初は、出産は絶望的だろうとも言われていた。健康な赤子を産むには健康な肉体が必要だ。枯れ枝のようにやせ細ったクララでは、まともに子供を産めないだろうとも。

 それを聞いたクララは、絶対に子供を産むと言って、それまで受け付けなかった食事をきちんと摂るようになった。そしていまでは、すっかり健康的な肉体を取り戻している。これなら安心して子供が生めるだろうと医者も安心した様子だった。


「この子はいつ生まれるのでしょうか」


 慈しむ母の瞳で、自分のお腹を撫でるクララ。

 まだ彼女には、姉のことはなにも伝えられていなかった。母体にもしものことがあったら大変だからと、使用人や医者にも口止めをしている。


(私は、どうすればいいのだ)


 ふと目の前で微笑む白に近い菫色の瞳に、別の面影が重なった。

 それをぐっと堪える。


(クララが無事に赤子を産むまでは、ラウラのことは伝えられない)


 クララのためにも、ラウラの処刑は回避しなければならない。

 その為にできることは、何があるのだろうが。



 決意したレオナルトだが、その数日後、悲報を受け取ることになる。

 それは、聖女が獄中にて、病死したという知らせだった――。



番外編の追加を始めました。

今回は過ぎ去りし未来でのレオナルトの話ですが、次回は本編時間軸でのクララの話を追加予定です。

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