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69.ため息(ゼブル視点)


 暗闇のなか温もりを感じた。

 そして目を開けると、目の前に白に近い桃色の瞳があって――。


 あの時のことを思い出すと、なぜかうまく彼女の瞳が見られなくなった。



    ◇◆◇



 ランデンス城に戻ってきてから一週間が経っていた。

 これまで【青蘭騎士団】の副団長であり、ゼブルの副官でもあったカイルの抜けた穴は思ったよりも大きく、自分の不甲斐なさを恥じることになる。


「それで、コーディたちの件ですが……」


 ゼブルの前で居心地が悪そうに口を開いたのは、今回の後始末をジョンと一緒に担っているエリックだ。

 【青蘭騎士団】の中にカイルの手の者が後どれだけいるかはわかっていない。だからまだ信頼できるエリックを仮の補佐官に任命していた。


 そんなエリックが言いにくそうにしているのは、カイルに唆されて【青蘭騎士団】を裏切ったコーディたち数人の騎士のこと。

 行方の分からなくなった者もいるが、数人は死体として見つかった。その中にはコーディもいた。

 エリックとコーディは騎士団に入隊した同期だが、反りが合わないのかいつも喧嘩ばかりしていた。だけどさすがに同期の最期に思うことがあるのだろう。コーディの死体を見つけたとき、エリックは口惜しそうに握りしめた拳を、木の幹に打ち付けていた。


 カイルはお喋りだ。肝心なことは口にせずに、道化師のように余計な情報ばかり喋る。

 だから捕らえたカイルから、コーディたちが裏切った理由を聞きだすのに三日ほどの時間を要した。


「……お金と名誉のためか……」


 今回、カイルに唆され騎士団を裏切った者たちには共通点があった。

 それは、貴族の次男や三男以降に生まれて、継げる爵位のない下位の貴族の子息だということ。爵位がなくても貴族として生きていくことはできるが、それでも貴族の地位はあってもないものだ。だから多くは騎士になって、武勲を得ようとする。

 カイルはそんな騎士たちに、この作戦が成功したら爵位を与えると約束した。だがどうやって与えると口にしたのかはわからない。もしかしたら隣国の爵位かもしれないし、そもそも最初から作戦が終わったら始末するつもりで、言葉巧みに騙していただけなのかもしれない。


「……そんなことの、ためにッ」


 エリックが口惜しそうに拳を握りしめる。

 

「他の裏切り者の追跡も続行しますが、恐らく生きている者はいないでしょう」


 ジョンが感情を押し込めた声で言う。


「そうか。わかった。下がってもいいぞ」


 二人が執務室から退席したのを見届けると、ゼブルは大きなため息を漏らした。 


 まさかカイルが内通者だったとは。

 それを知った時、真っ先に込み上がってきたのは怒りだった。そして彼の幼少期からの待遇に対する憐れみと、どこか納得をする自分もいた。


 カイルが騎士団に入隊したころ、彼は同期の中でも飛びぬけて剣術に優れていて、賢く魔法の腕も良かったことから、すぐに頭角を現し始めた。

 周囲の騎士たちはカイルの境遇もあって、彼を煙たがったり陰口を叩いたりする者もいたが、カイルはそのすべてを実力でねじ伏せてきた。

 ゼブル自身もカイルの実力を認めていて、その腕を見込んで副官にした。


 だけど、そのすべては虚像だったのだろうか。


 エリックたちと入れ替わるように、執務室にカトレイヤ侯爵が入ってきた。

 カーティス・カトレイヤはゼブルの前まで来ると、頭を深く下げた。


「この度は息子の不始末、大変申し訳ございません」


 カトレイヤ侯爵が隣国と繋がっていたという疑いも、夜会の帰りの襲撃の件も、すべてカイルが持ってきた証拠によるものだった。カトレイヤ侯爵が今回の件に関与していない可能性が浮上したから、情報を得るために呼び出したのだ。


「息子が――カイルが、怪しい動きをしているのは存じていました。だから極秘に捜索をしていたのですが、まさか本当に隣国と通じていたとは……。知らなかったとはいえ、これは私の息子のしでかしたことです。なので私も責任を取る腹積もりがございます」

「………そうか。だが、カイル自身はもう侯爵家との縁を解消している」

「――え?」


 初耳だったのだろう。カイルはこの戦が起こる前に、カトレイヤ家の貴族籍から抜けていた。その調べはもうついている。


「息子は、てっきり私たち侯爵家ともども道連れにするつもりだったと思ったのですが……。なんせ、私はいい父親ではなかったのですから」


 自分の不義理によりできた子供であり、夫人の虐待を見て見ぬ振りしてきた自覚はあるということか。


「まだカイルに聞き取り調査は続けるつもりだ。だが一向に口を割ろうとしない疑問があってな。……それは、隣国との繋がりについてだ」


 ラウラの話だと、カイルは騎士団に入る前から隣国とちょっとした繋がりがあったそうだ。だけどカイルは厳しく痛めつけられても、そのことを話そうとはしなかった。


「そのことでしたら、こちらでおおよその調べがついています」

「本当か?」

「ええ。そのとても言いにくいことなのですが……」


 カトレイヤ侯爵の話を要約するとこうだった。

 カトレイヤ侯爵が一夜の過ちを犯す原因となった女性が、隣国のスパイだった疑惑があるそうだ。これに関してはカイルの行動を怪しんだ侯爵自身が、改めて女性のことを調べたことにより判明した。

 その女性が何者かはわかっていない。けれど、もしかしたらカトレイヤ侯爵に近づいたのも作戦の内だったのかもしれない。


「どうして、そのことを早く打ち明けなかったんだ?」

「……身内の不始末は、自分でつけたいと思っていました」


 カトレイヤ侯爵はカイルに負い目があるのだろう。

 だけど隣国との繋がりを隠していたのは、帝国に対する反逆と捉えられることもある。カイルが縁を切っていたとはいえ、カトレイヤ家にお咎めなしとは言い切れない。爵位剥奪とまではいかなくても降爵はあり得るだろう。


「再捜査の上、裁定を下すことになるだろう。カトレイヤ侯爵家はしばらく外出禁止令を出す」

「承知しました」


 カトレイヤ侯爵の背中を見送ると、ゼブルはまたため息を吐いた。


 考えることが一杯だ。

 カイルのこともそうだし、それから婚約者のことも。



 こんな時なのに、どうしてもあの時のことを思い出してしまう。

 一瞬のことだったけれど、感触も残っている気がする。


 首を振る。考えを振り払う。


 ランデンスに戻ってくるときもなぜか一緒の馬に乗ることになって、あんなに近距離で長時間密着していたのは、婚約してから初めてのことなんじゃないだろうか。


「……はぁ」


 またため息が出る。

 婚姻もすぐそこまで迫っているのに、どうしてこんなことに悩まされなければいけないのだろうか。


※お読みいただきありがとうございます。第四章はこれで終わりです。あと少しで完結しますが、最後までお楽しみいただけますと幸いです。

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