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68.視線


 カイルを拘束したゼブル様と一緒に洞窟から出ると、空はもう早朝の明るさだった。

 暗闇から外に出た明るさで目を細めていると、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ラウラ様ー!」

 

 アリシアの声だ。


「こっちよ!」


 声を張り上げると、地面を蹴る足音が聞こえてきた。木の合間からアリシアとエリックが姿を現す。


「ラウラ様、ご無事ですか!?」

「アリシアこそ、あの後大丈夫だった?」

「え、ええ。敵兵はなんとかやっつけましたが、途中から副団長の姿が見えなくなって――って、副団長?」


 縛られてゼブル様の足元に転がっているカイルに気づいたアリシアが驚きの声を上げる。


「実は――」


 洞窟内であったことを掻い摘んで話した。二人の顔がみるみる青ざめていく。


「まさか、副団長も裏切者だったとは……。少し怪しいとは思っていましたが」

「……コーディがどこに行ったのか、副団長なら知ってるんすかね」

「それは訊いてみないことにはわからないわ」

「アイツ、次会ったら今度こそボコボコにしてやる」


 エリックが拳を固めて震えている。そういえば二人は仲が悪いと噂で聞いたことがある。


「とりあえず拠点に戻るぞ。まずは敵陣をどうにかしないとな」


 再びカイルを抱えたゼブル様とともに、私たちは無事にローレンスに戻ることができた。

 その道中、ゼブル様はずっといつもの仏頂面だったのだけれど、私と目が合うとすぐに逸らしてしまう。何か機嫌を損ねることでもしてしまったのかしら。



    ◇



 ローレンスに戻ると、ゼブル様の姿を見つけた【青蘭騎士団】の団員が歓声を上げて集まってきた。


「団長無事だったんですね!」

「て、あれ、コーディは?」

「いやいやそれよりもカイル副団長はどうしたんですか?」


 団員は一緒にいないコーディのことを気にかけたかと思うと、拘束されているカイルの姿を見つけて驚いている。


 ……この様子を見ると、残った団員の中にカイルの手先はいなさそうね。でも、まだ油断はできない。ローレンスに戻ってくる道すがらゼブル様にそのことを訊ねてみたら、後で調査すると言っていた。その時も目を合わせようとした私からグイっと顔ごと逸らしてしまったのよね。


「隣国との内通者だ」


 ゼブル様の言葉にざわめきが大きくなる。


「調査は追って行う。それよりも作戦会議をしたい」


 見渡したゼブル様の灰色の瞳が一瞬私を見たが、すぐに逸れてしまった。なんだか胸の辺りが少しもやっとした。


 副団長でゼブル様の補佐でもあったカイルがいないいま、作戦会議に参加できる実力のある騎士を捜しているのだろう。


「作戦会議でしたら、僕もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「誰だ?」

「ピーター・ロータスと申します。皇室第二騎士団の団長を務めています」

「そうか、ついてこい」


 進み出たピーターとアルベルト様、その補佐のカルロスお兄様など、騎士たちが数人、天幕に入って行く。その後を私もついて行くことにした。聖女としてできることがあるかもしれない。

 ゼブル様は私の姿をチラリと見たが、特に何も言ってこなかった。というかまた目を逸らしてくる。作戦会議中、話を聞きながらずっとゼブル様のことを見つめていたのだけれど、視線が合うことはなかった。



    ◇



 作戦会議は一時間ほどで終わり、そのあとすぐにゼブル様率いる騎士や兵士たちが、敵兵の陣地に攻めていくことになった。


 私はお留守番だ。

 ゼブル様曰く、一度の攻撃で終わらせるから私は必要ないそうだ。そう口にする間も、私と目を合わせようとしてくれなかったのが気にかかるけれど。


 出陣していく前に、私はずっと持ったままになっていた青いリボンをゼブル様に渡した。目を見開いたゼブル様は、灰色の瞳を細めると「今度は無事に戻ってくる」と口にして、そのリボンを剣の鞘に巻いた。


 現在から一年半後の夏。本来なら隣国との戦争はその時期に始まるはずだった。

 だけど私が過去に戻ってきて、自分の未来を変えるためにゼブル様と婚約した。それにより未来とのずれが生じて、いつもより早く戦争が勃発してしまった。


 でも、もし過ぎ去りし未来でゼブル・ランデンス大公が戦死したのが、隣国と繋がったカイルが原因だったのなら――。

 これから訪れる未来で、ゼブル様が生存しているのであれば――。


 この戦争は、早く終わるかもしれない。


「お気をつけて、行ってきてください」

「ああ、もちろんだ。すぐに、終わらせてくる」

「傷を負ったらどこにだろうと飛んでいきますからね」

「……それは頼もしいが、戦場は危険だからあまり来ないでほしいな」


 数刻ぶりに、灰色の瞳が私の瞳を捉えた。


「あなたには危険な目に遭ってほしくない。だからもう死の淵を彷徨うような傷は負わない。約束する」

「絶対ですよ!」

「ああ。――行ってくる」


 ゼブル様は灰色の瞳を細めると、馬の足を進めた。

 いよいよ、スカーニャ帝国ランデンス軍の出陣だ。



    ◇◆◇



 結果から言うと、ランデンス軍は圧勝だった。敵もまさかゼブル・ランデンスが生きていて、なおかつ攻めてくるとは考えていなかったのだろう。

 丸一日続いた戦闘は、敵兵の撤退により終わりを告げた。あまりにもあっけない終わりだったそうだ。


 過ぎ去りし未来では、ウェヌタリア大国がスカーニャ帝国に寝返って長い戦争に終止符を打つことになったけれど、今回の戦いにウェヌタリアがどこまで関与していたのかはわからないままだ。だから、完全に隣国との戦争が終わったとは言い難い。


 ――それでも、本来なら四年に渡るはずの戦争が、一カ月足らずで終わったのだ。

 それはとても喜ばしいことのはずだ。


「ゼブル様、お帰りなさい」


 帰ってきたゼブル様率いるランデンス軍を私はローレンスで迎え入れた。



 ――それから私たちは、侵略された村人たちの弔いをした。数人難を逃れた村人が隣の村に生き延びていたものの、それでも村人の八割を失ってしまった。

 侵略された村はとてもじゃないけれど人が住める状態ではない。生き残った村人は、ローレンス男爵が自領で引き取ってくれるということになった。



    ◇



「ねえ、ラウラ。訊きたいんだけど、大公となにかあったの?」


 皇室第二騎士団が帝都に戻ることになったので送る準備をしていると、カルロスお兄様が近づいてきた。


「えっと、特にはなにも――」

「本当に? なんか大公、いつもと様子が違うというか、なんかラウラのことを意識しているような気がしてさ」


 私を意識している? 寧ろ、私と目が合うとすぐ逸らしてしまうのに。


「本当に何もなかったの?」

「えっと、そうですね……」


 はっと洞窟であったことを思い出した。なんで忘れていたのだろう。あの時はあまりにも夢中で、自分でも信じられない行動をしてしまったのに。

 思わず口を押さえながら答える。


「な、なにもありませんよ?」

「ふーん。それならいいんだけど。……まあ、でも二人の仲が良いみたいで兄として喜ばしいよ。結婚式の日取りが決まったら教えてくれよ」

「はい。わかりました。お兄様もお元気で」


 カルロスお兄様の姿を見送ると、ピーターやアルベルト様とも挨拶をした。皇室第二騎士団の騎士たちは帝都に戻ることになる。私はこのままランデンスに戻ってもいいそうだ。



 皇室第二騎士団の人たちを見送った翌日、私たちもランデンスに戻ることになった。

 馬を引いたゼブル様に近づくと、居心地の悪そうな視線を向けられたので、私は灰色の瞳を見返す。


「あの、一緒の馬に乗せてくれませんか?」

「……ランデンスまでは距離がある。馬車の方がいいんじゃないのか?」

「ゼブル様と一緒の馬が良いんです」

「っ!? ……そ、それは……」


 言い淀んでそっぽを向く。

 カルロスお兄様から聞いていなかったら、誤解したままだったかもしれない。

 少しわかりにくいけれど、ゼブル様は私と視線を合わせることに戸惑っている。きっと洞窟でのあのことを、意識しているのだろう。


 私も思い出すと顔が赤くなりそうになる。

 ――でも、私たちはもうすぐ結婚するのだ。気まずいからといつまでも目を逸らしていては、夫婦生活がぎこちなくなってしまう。


「予備の馬もないようですし、馬車は積荷でいっぱいです。だから、良いですよね?」

「…………ああ、わかった」


 渋々といった態度だったけれど、私はどうにかゼブル様と一緒になれる時間を作ることに成功したのだ。


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