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65.悪戯っぽい笑み


 この感覚は何なのだろう。

 木々が避けるかのように枝をしならせたかと思うと、風が吹いて私の体を運んでいこうとする。雪を踏みしめる足も、何かに操られているようだった。


 まるで何かの思惑で導かれているような――。


 歩きだしてからどれだけ時間が経ったのかはわからない。

 導かれるままやってきたのは、洞窟の前だった。さっきまであった風に導かれるような感覚はもうなくなっていた。


 握りしめていた青いリボンを服のポケットに入れると、私は洞窟に足を踏み入れた。


 普段は魔物や動物の住処なのだろうか。湿り気のある黴臭い匂いがした。

 その匂いに混じって、戦場で何度も嗅いだことのある鉄錆のような匂いがする。


「ゼブル様」


 震える声で名前を呼んでみるが、反応はない。それでも私は歩き続けた。

 夜だからか洞窟の中は暗い。鞄からランプを取り出すと明かりを灯す。

 周囲が明るくなるが、見える範囲にはなにもいなかった。


 洞窟に入ってから五分ほどした時だろうか、前方に黒い物体が見えた。

 魔物や動物かと思って身構えたけれど、その物体は身じろぎをしなかった。よく見ると、壁に寄りかかって足を投げ出している人間のようにも見える。

 近寄るとすぐに誰なのか分かった。


「ゼブル様!」


 【青蘭騎士団】の青い騎士服は、血でどす黒く変色している。

 ランプを地面に置いて、状態の確認をする。前の方の傷は大したことないようだ。

 でもこの血の染みはなに? 

 ふと彼が凭れかかっている壁を見ると、そこにも血がベッタリと付着していた。


 ゼブル様の体を動かして背中側を見る。背中には剣で斬られたような傷ができていた。しかもひとつではなく、いくつも。

 時間が経っているからから、血はほとんど乾いてしまっている。ゼブル様の腕に触れると、まるで死者のように冷たかった。


「傷を治さないと」


 震える手で、彼の背中に触れる。

 聖女の力で傷はみるみる良くなった。――ということは、微かにだけれど息があるということだ。回復魔法は、死者には意味をなさないから。


 でもあまりにも血を流しすぎている。口元に手を当てるが、吐息を感じない。


「なんで……。傷は治ったはずなのに、どうして!?」


 回復魔法は傷や病気を治すことができても、体力まで元に戻すことはできない。流れ出た血もそのままだ。

 傷はもうほとんど塞がっている。だから可能性があるとしたら血を流しすぎているからだろう。

 こればかりは運頼りだ。

 こんな黴臭い洞窟ではなくて、ローレンスに戻ったほうがいいのだけれど、私一人の力だけでは運ぶことができない。


 誰か呼んできたほうがいいだろうか。

 立ち上がったその時、洞窟内に足音が響いた。  

 誰かがここに向かってきているようだ。


 ランプの明かりを消して息を潜める。

 暗くなった洞窟内で息を潜めていると、入口の方から灯りが近づいてきているようだった。

 灯りに照らされた顔を見て、私は安堵の息を吐いた。


 声を出そうとして、でも躊躇う。

 ゼブル様の傷は一人ではなく、数人により傷つけられたものだ。敵兵だったら彼はそう簡単に背後を見せないだろう。だけど、傷をつけたのが味方だったら?

 これはもしかしたらの話だけれど、ゼブル様と一緒に向かった数人の騎士たちが裏切り者だとしたら、あの傷も納得がいく。

 いま一番怪しいのがコーディだ。だけどまだ騎士団の中に裏切者が潜んでいるのかもしれない。


 ――でも、カイルは副団長だ。だからありえないと思うのだけれど……。


「誰か、いらっしゃいますか? ……おかしいですね、ラウラ様が洞窟の中に入って行くのを見た気がしたのですが、私の気のせいだったみたいです。アリシア、エリック、洞窟から出ましょうか」


 アリシアとエリックもいる! 二人ともランデンス領に来てから、私の護衛として他の騎士たちよりも長い時間を過ごしてきた。特にアリシアは私を庇って傷を負ったこともある。二人なら信頼できる。

 だから私は、気づいてもらうためにランプの明かりを灯した。


「カイル!」

「……おや、いらっしゃいましたか」


 ランプの明かりで私たちの姿を見つけたのだろう、カイルが近づいてくる。

 でも、なんでアリシアとエリックの姿が見えないのだろうか。


「団長を見つけられたのですね。お怪我は……」

「私が治したわ。でも、まだ意識がないの……。だから誰か呼んでローレンスまで運んでもらおうとしたのだけれど」

「そうですか、意識がないんですね。……そんなラウラ様に、団長の意識を覚ますとっておきな方法を教えてあげましょうか?」

「とっておきな方法?」

「ええ。ラウラ様は、おとぎ話をご存知ですか?」

「……子供の頃に、お母様に寝物語を聞いたことがある気がするわ」


 私の返答を聞いて、カイルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「なら話は早いです。古来よりも王子の呪いを解く方法は決まっているのですよ。それは――」

「それは?」

「――愛する者の口づけです」


 思わず口許に手を当ててしまう。

 口づけ。そんな方法が。

 ――でも、それはあくまでおとぎ話でのことだわ。そもそもゼブル様は呪いに侵されているわけではないはずだもの。だから、口づけをしても、意味ない気がする。


 カイルがまた少し近づいてくる。その背後にほかに人影は見えない。


「アリシアとエリックはどこにいるの?」


 問いかけると、カイルは不思議そうに瞬きをした。


「ああ、二人でしたらここにはいませんよ」

「え? でもさっき、二人の名前を呼んでいたわよ」

「ええ、呼んでいましたね。――呼んだ、だけですけど」


 その時、私はもっとおかしな発言を思い出した。

 先ほどカイルは、私が洞窟に入って行くのを見た気がした、と口にしていた。

 でも、それはいつの話?


 襲撃を受けて、ローレンスの町に向かっていたのをカイルは知っているだろう。でもそのあと私はなにかに導かれるようにして、この洞窟までやってきた。

 その間、カイルはアリシアたちと一緒に敵兵と戦っていたはずなのに……。早く敵を撃退したとしても、それなりに時間が経っているはずだ。


 この洞窟はローレンスの町とは違う方角にある。だから敵兵を倒した後に町に向かったとしても、私を見つけることはほぼ不可能なはず。

 それなのに、どうして私がこの洞窟に入って行くのを見たのだろうか。


「カイル、質問してもいいかしら」

「ええ、どうぞ」

「……どうして……」


 口の中が渇く。喉が貼り付いて、言葉を紡ぐのに遠慮をしてしまう。

 でもなんとか声を絞り出した。


「どうして私が、この洞窟にいるとわかったの?」

「それはあなたの後ろ姿を見つけたからです」

「……私が洞窟に入ってから……いいえ、襲撃の場所であなたと分かれてからそれなりの時間が経っているわ。それなのに、私をどうやって見つけたの?」

「どうやって、ですか?」


 カイルはやはり柔らかい笑顔を浮かべていた。


「――追跡魔法で、ですかね」


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