63.予感
「ラウラお嬢様。もしかして、いまから団長を捜しに行かれるのですか?」
私の言葉に反応したのは、傍で聞いていたカイルだった。
「ええ。ゼブル様の安否も心配だし、すぐ捜しに行かないと」
「……お言葉を返すようですが、それはあまり得策ではありません。団長ひとりを捜すためだけに兵を割くことはできません」
苦渋な判断でもあるのだろう。カイルの顔は少し強張っている。
もうすぐにでも戦が起こりそうな状態なのに、兵を割いたらその分だけ、こちらは不利になる。ここに兵を率いるゼブル・ランデンス大公がいないのならなおさらだ。
でも、だからこそ、ゼブル様が必要になる。
「ゼブル様がいないと、この戦争、勝てるかわからないわ」
「……どうして、そう思われるのですか?」
カイルの尤もな質問。私は静かに返す。
「隣国との戦争をどうにか防いできたのは、ゼブル様――ランデンス大公がいたからよ。それなのに防波堤でもあるゼブル様がいないとこっちは苦戦を強いられることになるわ」
実際、過ぎ去りし未来で、スカーニャ帝国側は苦戦を強いられた。四年という歳月をかけてなんとか終戦したけれど、それでもそれまでの戦争の比較にならない程の被害をスカーニャ帝国は受けたのだ。北部は特に被害が著しく、戦死者や民間の死者の数も多かった。
この戦争は、ランデンス大公と【青蘭騎士団】がいたら、一年で終わっていたとも言われているのよね。
だけど現在、またその戦力が失われようとしている。それは避けなくてはいけない。
「たしかに団長のいないいま、こちらは苦戦を強いられることになるでしょう。団長を捜すことは必要です。ですが、それにあなたを――聖女様を向かわせることはできません」
「……私なら、ゼブル様を見つけたらすぐに治療ができるわ」
「それなら他の回復魔法士に同行してもらった方がマシです。団長が生きているかもわからないのに」
他人の口からそれを聞かされると、さすがに胸が重くなる。
――ランデンス大公が戦死した。
過ぎ去りし未来で、死の原因が何だったのかは知らされることはなかった。
不死身だと畏れられていたランデンス大公があっけなく死んでしまったものだから多くの噂が行き交ったけれど、その噂の中に真実が含まれていたのかはいまとなってはわからない。
だけど、彼が生存していないとこの戦争が長引くことだけは確かだ。
本来の未来とは変わってしまっているけれど、彼の命が危険に脅かされているのも事実。
聖女の力があれば、彼の心臓の鼓動が続いている限り、彼を救うことができる。
そのはずだから。
「一晩だけ、時間を貰える?」
「一晩ですか?」
「ええ。一晩だけでいいからゼブル様を捜しに行かせてほしいの。それでもし見つからなかったら、そのときは…………あきらめる、から」
これは予感だ。自分が捜しに行かないといけない。他の誰かに任せたら、取り返しがつかなくなるような、そんな漠然とした予感。
「……はぁ、そうですか」
カイルが長い溜息を吐く。その顔にはもう張りつめていたような雰囲気はない。いつもの柔和な笑みに戻っている。
「そこまで、団長を想われているのですね……。わかりました。それでしたら、私も同行しましょう」
「カイルが?」
「はい。私でしたら隠遁の魔法が使えますので、敵兵に見つかる可能性も下がるかと」
「私も連れて行ってください」
アリシアの言葉に、カイルが頷く。
「良いでしょう。五人まででしたら魔法で隠すことができますし、少数ならなおのこと見つかりにくいでしょう。私とラウラ様とアリシア、それからコーディに案内してもらうとして、あと一人はどうしましょうか?」
「俺が。護衛っすから」
エリックが名乗りを上げて、これから五人でゼブル様の捜索をすることになった。
◇◆◇
森の中、私たちは息を殺しながら歩いていた。
先頭には案内のコーディ。その後ろに私とカイルが並んで、背後にアリシアとエリックがいる。
「あとどれぐらいですか?」
「あと一時間ぐらいで、奇襲されたところに着きます」
カイルの問いかけに、緊張した声音でコーディが答える。
暗闇なのにコーディの足取りに迷いはなかった。
「それにしても、ラウラ様には驚きました」
「え?」
コーディの背中を眺めながら、カイルがポツリと言葉を漏らした。
その言葉に反応すると、彼は少しは恥ずかしそうに微笑みながら言った。
「先ほどの発言――ランデンス大公がいないと、帝国が苦戦するという話ですよ。まさかそこまで戦局を見通した発言をされるとは、すこし意外でした」
「……スカーニャ帝国が隣国との戦争に長年悩まされているのは、帝国に住んでいる人なら誰もが知っていることよ。そして、その戦争では常にランデンス大公が前線で指揮を執っているということも」
「そうですね。――ですが」
エルミラに似た瞳がこちらを向いて、少し息を飲んだ。
「いままでの隣国との戦争で、帝国は負けたことがありません。それはランデンス大公がいるからと言われたらそれまでですが、【青蘭騎士団】や北部の兵士たちは、団長が不在でも隣国相手に優位に立てる戦力を誇っています。正直、隣国は勢いは良いですが、そこまで質のいい軍隊は持っていないんですよね」
だからこそ、いままで防戦に徹することができた。
「ラウラ様。もしかして、大国が隣国に手を貸していることを、ご存知なのですか?」
淡い紫色の瞳は、まるでこちらの真意を探るかのような輝きを秘めていた。
今度こそ本当に息を飲んでしまった。
背後にいたアリシアが声を上げる。
「副団長。お嬢様を、疑っているのですか?」
「いいえ、とんでもない。そんなつもりはないんです。ただ、少し気になりまして」
疑われるのは無理もない。
スカーニャ帝国は、隣国――ルティーナ王国と五十年もの長い間、休戦を繰り返しながらも争っている。だがその間、帝国は防戦するだけで、隣国に侵略することはなかった。
その理由が、その向こうにある大国――ウェヌタリアがあるからだ。大国は帝国に匹敵するほどの戦力を持っているとされていて、下手に隣国を侵略すると、その向こうのウェヌタリアが黙っていないと思われたから。
だからいままで帝国は防戦をするだけに努めていた。大国は閉鎖的なところもあって、不確定なことも多いから。
「大国が隣国に手を貸していることは、知らなかったわ。――でも、予想はできることよ」
過ぎ去りし未来では戦争が始まる前から、大国が隣国に手を貸すのではという噂が出回っていた。そしてその噂の通り、戦争が勃発したんだから……。
「そうですよね。失礼なことを言ってすみませんでした」
「疑われるような言動をした私の責でもあるわ」
それにしても、本当に大国が隣国と手を組んでいるのね。それで進軍してきたんだ。
過ぎ去りし未来よりも早い時期の戦争だけれど、それでもこの時から手を組んでいたのだろう。
「そろそろ目的地に到着します」
コーディの言葉に、私たちは身を引き締める。