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62.不明


 シランを出発して五日後、ローレンス男爵領に辿り着いた。馬車で積荷を運ばないといけないことや、夜に魔物の奇襲を数回受けた影響により、通常よりも時間がかかったのだ。


 ローレンス男爵領は、森などの緑に囲まれたところにあった。

 男爵領は旅人も寄り付かない北部の隅の町にあるため、町のなかには小さな宿しかない。そのため、【青蘭騎士団】や兵士たちは男爵領の隅にテントを張って陣取っている。


 ローレンス男爵領に着いた私たちは、騎士団の本部に向かった。

 本部が近づくにつれて、【青蘭騎士団】の団員と思われる人をよく見かけた。中には見たことのある顔もあって、目が合うと会釈をされた。


「あ、ラウラお嬢様!」


 本部の前に来ると、ちょうど紫の柔らかい髪の男が出てくるところだった。私たちの姿を見つけたカイルが、近づいてくる。


「戻られたのですね。――といっても、ここはランデンス城ではありませんが」

「久しぶりね、カイル。ピーター、こちらは【青蘭騎士団】副団長のカイル卿よ」


 私は一緒についてきたピーターにカイルを紹介する。


「皇室第二騎士団団長、ピーター・ロータスです」

「カイルと申します。よろしくお願いしますね」


 二人の挨拶を見届けると、私は本部のテントに視線を向ける。

 カイルが中から出てきたということは、テントの中にゼブル様もいるのだろうか。そう考えると、鼓動が早くなる気がした。


「ゼブル様は――」


 私の問いかけに、カイルの顔色が悪くなった。

 どうしてそんな顔を――。嫌な予感が脳裏を過ぎる。


「団長でしたら本部にはいません。実は、十日ほど前に偵察に出たっきり、戻ってきていないのです」

「戻ってきて、ない?」


 どういうことなのだろうか。それにしても、どうして団長であるゼブル様が偵察なんかに。


「お恥ずかしい話ですが、スタンピードの影響で私たち本陣が、ローレンスに到着したのはほんの六日ほど前でして、そのときにはもう団長はここにはいなかったんです」


 カイルの話を要約するとこうだった。

 スタンピードの対応にあたっていたゼブル様の元に、隣国の進軍が告げられたのはほんの二週間前――私たちがまだ黄点病の終盤の対応にあたっていた時のこと。


 隣国の進軍の通告を受けてゼブル様がローレンスにやってきた時には、もう村の一つが戦火に包まれていた。兵士もほとんど集まっておらず、一日遅れて小隊の騎士が到着したので、ゼブル様はその数人の騎士とともに自らその村に偵察に向かったそうだ。皇室に応援の伝令を送るとともに。


 そしてそれ以降、ゼブル様を含めた小隊はローレンスに戻ってきていない。いまどこにいるのかもわからない状況となっている。


 つまり、行方不明。


「新たな偵察を向かわせてはいるのですが、団長の行方がわからないので手をこまねいている状態です」

「敵の進軍状況については?」


 ピーターが訊ねる。


「国境付近の村がひとつ壊滅的な被害を受けています。人的な被害状況についてはわかりませんが、恐らくもう――」


 戦争で、国境付近の村が被害に遭うのはよくあることだ。

 過ぎ去りし未来でも、同じような光景をこの目で見たことがあった。

 だからといって、慣れることはできない。


「……生存者は?」

「いないと思います」

「……そう、よね」

「ラウラお嬢様。戦争ではよくあることです。失った命を嘆くよりも、いまある命を守るのが我々騎士の務めです」

「……わかっているわ」


 決意のこもったカイルの瞳に、私は頷く。


「敵兵はいまはその村に留まりながら、周囲の村の状況を探っているようです」

「ローレンスに兵が集結しているのにも、気づいているのかしら?」

「おそらく。――最初は戦力を分散していた敵兵ですが、いまは一カ所に集まろうとしているみたいです。もしかしたら、このままローレンスとの間で、戦いが勃発するかもしれません」


 領民たちはもうすでに隣のクロッカー伯爵領に避難を始めているようだ。町に入ってから兵士以外の人をほとんど見かけないとは思ったけれど。


 相手の勢力がまだ断定できないいま、こちらから打って出るのは得策ではない。

 でも、ずっとここに留まっているわけにはいかない。


 それに過ぎ去りし未来、ゼブル様がいなかった影響で戦争は長引いてしまったのよね。


「まずはゼブル様を探した方がいいわね。せめて、安否だけでもわかれば」

「報告します! 偵察隊が帰ってきました!」


 本陣がにわかに騒がしくなる。

 帰ってきたのは、ゼブル様たちの後に送った偵察隊の一隊だろう。

 その中には見知った顔もあった。


「コーディ?」


 カイルが驚いたように目を見開く。


「どうしたの?」

「いえ、コーディはご存知でしょうか?」

「ええ。たしか狩猟祭の時に、伝令として――」

「はい。コーディは足が速いので……。いえ、いまはそれよりも重要なのは、コーディが団長と一緒に偵察に向かった小隊のひとりだということです」

「――っ!? ゼブル様は!?」


 偵察隊の中に、漆黒の髪は見当たらない。灰色の瞳も見えない。


「どうして――」


 あとから送った偵察隊とともに戻ってきたのは、小隊の中でもコーディただ一人のようだ。

 思わず近づいていく私の姿を見て、コーディが申し訳なさそうに視線を逸らして、地面に座り込んだ。


「コーディ、どうしてひとりなの? ゼブル様は?」

「ら、ラウラ様……申し訳ありません。僕にも何がなんなのか……」


 地面に頭をすりつけるように、彼は声を張り上げた。


「偵察中、背後から奇襲を受けたのです」


 奇襲を受けたのは夜中だった。視界が悪いなか混戦となってしまい、途中まではゼブル様の声が響いていた。だけどその声は呻き声とともに聞こえなくなってしまった。その後、司令塔を失くして不利を悟った騎士たちは、敵兵から散り散りに逃げたそうだ。

 コーディは運よく敵に捕まらずに逃げられたけれど、その後他の騎士たちがどうなったのかはわからない。


「ゼブル様の安否は不明ということね」

「……僕はどんな罰でも受けます。仲間を見捨てて、逃げたのですから」


 仲間を見捨てて、逃げた。

 その言葉が、嫌に耳に反響する。


 謝罪を口にするコーディを見下ろしながら、私は落ち着けるために拳を握りしめた。


「罰は後でもいいわ。それよりも、いますぐ奇襲を受けたところに案内してくれるかしら?」


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