61.懸念(ゼブル視点)
『暗黒の森で、魔物が大量発生しているようです!!』
カイルからその報告を聞いたのはつい一週間前のことだった。
あれから暗黒の森の状況について報告を受けたゼブルは、騎士や兵士を集めて魔物の大量発生――スタンピードの対処に当たった。
魔物の数は多いものの、冬の寒さが影響してかその勢いは通常よりも緩い。
だが何分数が多い。魔物の討伐には、随分と時間がかかった。
「強い魔物が少ないのが幸いだな」
「そうですね」
ゼブルの呟きに答えながらも、カイルは目の前に現れた魔物を剣で斬りつける。
「この調子だとあと五日ぐらいで片がつきそうですね」
「ああ。――それにしても、なぜ魔物が大量に発生したんだ?」
「それは、魔物を倒してから調査しなくてはならないですね」
迫りくる魔物を片っ端から斬り捨てる。
ゼブルは狩猟祭の時のことを思い出していた。
あの時はブラックドラゴンや魔物との対決の後、隣国の襲撃を受けた。
(まさかな)
狩猟祭以降、カトレイヤ侯爵に怪しい動きはなかった。隣国との内通の確かな証拠でもあればすぐにでも捕らえられるが、カトレイヤ侯爵家は北部の中でもランデンスに次いで支持を受けている家門だ。それに先々代の大公がランデンスに来る前までは、北部の実質的大領主でもあった。
そのカトレイヤ侯爵を、いくら怪しいからといっても簡単に捕らえることはできない。だから証拠が見つかるまで泳がせていたのだけれど……。
(スタンピードは偶然か?)
いくらカトレイヤ侯爵でも魔物を操ることが可能だとは思えない。
偶然だと考えるのがなによりも簡単だ。
だけど、なにかが引っ掛かる。
「団長! 大型の魔物が来ます! 警戒を!」
団員の声に、考えを振り払う。
いまは魔物討伐が優先だ。
剣に魔力を込めると、大型の魔物に向かって行った。
◇◆◇
結論から言うと、ゼブルの不安は的中したことになった。
「確かか?」
ゼブルの問いかけに震えながら答えたのは、隣国との国境警備についている、伝令の兵士だった。ゼブルの威圧的な灰色の瞳が怖いのが、目を逸らして震えている。
「――はい。三日ほど前に、隣国が進軍を始めました」
二月に入ってからスタンピードが始まり、あれからもう一週間と少し経っている。
魔物の討伐はあらかた片付いているけれど、それでもまだ逸れた魔物がいて周囲の村を危険に晒している。だからその討伐もしなければならなかったのだが、ここにきて予想していなかった出来事が起きた。
――いや、すこし懸念はしていた。狩猟祭の時のことがあったから。
だけどまだ積雪の多い時期だ。それに隣国はランデンスよりも寒い地域にある。雪の季節はただでさえ蓄えも希少で、こんな時期に戦争をするメリットは双方ともにないはずなのに――。
「国境の警備はどうなっている?」
「いまはなんとか持ちこたえていますが、あちらの兵力が思ったよりも多く、厳しいのが現状です。それに敵も何個かの部隊に分かれていまして、そのうちのひとつが――」
思ったよりもややこしい現状だ。
(これはとうとうウェヌタリア大国が、ルティーナ国に手を貸し始めたと考えたもおかしくはないな)
ウェヌタリア大国。ルティーナ王国の東側に位置している、帝国ほどではないが大きな領土を誇っている大国で、金の国とも呼ばれている。ウェヌタリア大国は大きな金の鉱山を抱えていて、ウェヌタリアの王族は金の亡者としても有名だ。
その欲は果てしなく、ルティーナ王国を挟んで常に帝国の領土を狙っている。
ルティーナ王国の兵力だけならば、国境部隊だけでもどうにか抑えられるだろう。北部の騎士や兵士たちは軟な鍛え方はしていないから。
だけどウェヌタリア大国が手を貸しているとなれば話は別だ。
伝令を下がらせると、ゼブルはカイルを呼んだ。
「各地の領地に伝令を送って、兵力を招集しろ。それから戦争が始まるとなれば、皇室にも連絡をしなければな」
「残りの魔物はどうしますか?」
「二部隊ほど残していく。残党狩りだけならどうにかなるだろう」
「かしこまりました」
カイルは部下数人を呼んで、指示を出している。
「オレは先に国境に向かう」
「まさか、おひとりで向かわれるつもりですか?」
「一人の方が早く着くだろう」
カイルは何か言いたげだったものの、「承知しました」と頷いた。
ここから国境までは馬で早く駆けても三日ほどかかるだろうか?
(戦争か。――戦争が始まるとなると、彼女も……)
隣国だけではなく、その向こうの大国が相手だと、北部の兵力だけでは厳しいかもしれない。
もし戦争が本格化したら、皇室に増援を頼むことになる。
そんなことになれば、彼女は聖女として戦争に出向いてくることになるだろう。
(最悪なことだけは、避けないとな)
戦争が始まらなければいい。
だがその懸念も、それからすぐに打ち砕かれることになった――。