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60.出発


 昨日皇帝陛下への謁見を終えて、よく休むように言われたけれど、とてもじゃないけれどぐっすり眠ることはできなかった。

 翌朝、よく眠れない頭を抱えたまま、私たちは北部に向けて出発することになった。


 いま北部はどうなっているのだろうか。【青蘭騎士団】のみんなは無事なのだろうか。

 本来なら戦争は、いまから一年半後の夏の終わりに始まり、そこでゼブル様は戦死することになる。

 それなのに、こんなに早く隣国との戦争が始まったら、ゼブル様はどうなるの……?


「……ゼブル様が、死ぬわけがないわ」

「お嬢様? どうされたのですか?」


 私の発言に、同じ馬車に乗っているアリシアが驚いた顔を見せる。

 私は取り繕うように口を開いた。


「ずっと胸騒ぎがしているの。今回の隣国の侵略で、もしゼブル様に何かあったらって……」

「……心配でしょうね。でも、団長はとても強い方です。ですから、今回も無事なはずです」

「でも……」


 狩猟祭の時、彼は死にかけていた。

 私が過去に戻ってきてから未来を変えるために、彼と婚約をした影響だろう。

 たまたま私の聖女の力が覚醒したからよかったものの、あの時もし間に合っていなかったらゼブル様の命は助からなかった。


 今回の戦争もそうだ。過ぎ去りし未来と違って、私との婚約がゼブル様の未来に影響を与えている可能性がある。


 不安で俯いていると、アリシアに手を握られた。


「団長を信じてあげてください」

「……アリシア」


 信じたいけれど、でも一度経験してきた未来をそう簡単に忘れることはできない。

 ゼブル様がもし戦死する運命なのだとしたら――。


 嫌な考えに浸りそうになった時、馬車の外がにわかに騒がしくなってきた。


 いつの間にか馬車は帝都を抜けて、ワープゲートのある街ジルべに着いていたようだ。

 窓から外を覗いてみると、町の通りは多くの人で賑わっている。


「隣国との戦争が始まったことにより、北部から逃げてきた人がいるみたいですね」


 領地をもつ貴族の多くは戦争が始まったからと言っても、そう簡単に領地から出ることはできない。領地や領民を護る義務があるからだ。

 だから逃げてきた者の多くは、裕福な平民や、北部以外に親戚がいたり、別邸があったりする戦力にならない貴族の夫人や令嬢たちだろう。


 北部はいまどうなっているのだろうか。


 馬車が止まると、扉がノックされた。


「ワープゲートの準備はもうすでに整っているようです」


 ピーターの声に私は返事をする。



    ◇◆◇



 ワープゲートで北部の町――シランにやってくると、そこもいつもより賑わいを見せていた。我先にとワープゲートを利用しようとする貴族たちもいる。

 その中に、赤い髪の見覚えのある顔の少女を見かけた。


「ロザリー?」


 距離があったので私の呼び声に気づいたわけではないだろうけれど、振り返ったロザリーは私の姿を見つけると目を大きく見開いてから、近づいてきた。


「あなたも来ているのね」

「あ、なんでお前がここにいるんだ?」


 妹に気づいたエリックが問いかけると、ロザリーは少し嫌そうな顔をしたけれど、いつものツンとした顔に戻る。


「そんなの、戦争が始まったからに決まっているわ。それに侵略された村の名前は――」


 続いた言葉に、アリシアが声を上げた。


「それは、本当なのか?」

「ええ、本当ですわ。だからあたしは、お母様と一緒に東部の親戚のところに向かうの」


 アリシアが明らかに狼狽えた態度を見せている。


「どうしたの?」

「その、侵略された村なのですが、ローレンスから近い地域でして」


 ローレンスと言えば、アリシアの父――アーサー・ローレンス男爵の治めている地域だ。その近くとなれば、アリシアが心配するのも無理はないだろう。そして確か私の記憶が正しければ、エリックの実家――クロッカー伯爵領はローレンス領の隣だったはず。


「アーサー卿がいるから、ローレンスは無事だろうぜ。引退したけど、あの人の腕が鈍ってるわけがねぇし」

「ああ、そうだろうな」


 アリシアから聞いた覚えがある。ローレンス男爵は先代大公の時の【青蘭騎士団】の一員で、熊みたいな大男だって。


「とにかく、あたしとお母様は無事だから、心配しないでね」

「ああ。戦争は俺達の勝利に決まってるから、安心して帝都で遊んでこい」


 エリックと会話を交わすと、ロザリーは人並に飲まれて行ってしまった。

 近くで私たちの会話を聞いていたピーターが近づいてくる。


「アリシア卿は、ローレンスに所縁のある方なのか?」

「ええ。アーサー・ローレンスは私の父です」

「そうか。それならちょうどよかった。いま伝令から預かった情報によると、大公が率いる【青蘭騎士団】は、北東のローレンス領に集結しているらしい。これからそこに向かうことになる」

「ローレンス領でしたら、ここから馬車で四日、馬で三日ほどです」

「そうか。それなら準備を整え次第すぐに出発しよう」


 ランデンス領はスカーニャ帝国の一番北にある。そして隣国ルティーナ王国は、そのさらに北東に位置している。


 これから向かうローレンス領はそのルティーナ王国との国境に面したところにある。クロッカー領はその隣でここもまた国境に面している。

 カトレイヤ領はランデンスの隣にあるけれど、国境に面するところには別の子爵領があるためしばらくは安全だろう。


 早朝に皇宮を出発してから、もう半日以上も経っている。

 冬だから魔物の数は少ないと思いたいけれど、スタンピードが起こったばかりなんだとすると、冬でも夜の森は危険かもしれない。


 二月ももう終わりだけれど、地面には雪が積もっていた。


『雪が解ける前までには帰ってきます』


 その言葉に嘘はなかった。

 けれど、こんな状態で北部に戻ってくるなんて、想像すらしていなかった。


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