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57.終息

 南部の疫病が終息を見せ始めたのは、もう二月の終わる頃だった。

 帝都に戻ることになった私たちは、ワープゲートを利用するためにキバナに戻ってきていた。


 キバナの領主邸の前で馬車から降りると、そこにはユリウスお兄様が待っていた。


「ラウラ、お疲れ。これから帝都に戻るのかい?」


 一月にはもう黄点病の病原菌が鼠が運んできたものだと解明されて、お兄様も解放されていたのだけれど、そのあともまだキバナに滞在していたようだ。


「お兄様はどうされるのですか?」

「帝国に戻ってきてから領地に顔を出すつもりだったんだけど、長い間キバナにいたからね。キバナの港も元の活気を取り戻してきているし、また別の国にでも行こうかなって」

「いや、行かせないよ。春祭りに向けて領地も忙しくなるんだから」


 ユリウスお兄様の発言を聞いた、カルロスお兄様が急いで駆けつけてくる。


「いやー、でももう乗せてもらう船の船長さんとも約束しちゃったからなぁ。薬草も前払いで渡したから、今更返してなんて言えないし……お金を貰うのもおかしいよね? だから、ね。カルロスお兄様(・・・)。行かせてよ」

「こういう時だけお兄様と呼ばないでくれる? ……ったく」


 カルロスお兄様は呆れたようにため息を漏らしている。端からユリウスお兄様が言って聞くような性格じゃないとわかっていたのだろう。


「じゃあ、僕はもう行くよ。ラウラ、聖女のお務め、無理だけはしないでね」

「はい。お兄様も怪我や病気にはお気をつけてくださいね」


 手を振りながら去って行くユリウスお兄様の背中を見て、私はあることを伝え忘れていたことを思い出した。遠くなっていく背中に向かって、声を張り上げる。


「お兄様! 四月になったら一度戻ってきてくださいね。四月末に結婚式がありますから!」

「――――え!?」


 それなりの距離があったのに、ユリウスお兄様はぐるりと振り返ると、ものすごい勢いで戻ってきた。


「え、結婚式? 誰の??」

「私と、ゼブル様――大公閣下との結婚式です」

「ら、ららららら……ラウラが、け、けけけ結婚!?」

「まて、それは俺も初耳なんだけど!?」


 カルロスお兄様も驚いた顔をしている。すでにお父様には婚姻届のサインを貰うために手紙を届けていたから、知っているものだとばかり思っていたのに。


「狩猟祭の後に、ゼブル様から春になったら結婚式を挙げようと言われまして。お父様には手紙でお伝えしていますよ?」

「いや、聞いてないんだけど!?」


 お父様が伝え忘れていたのかしら?


「帰ったら父上に聞かないとね。……でも、本当に、あの大公と結婚するつもり?」

「はい」

「……はあ、聖女になったばかりなのに、結婚かぁ……」


 カルロスお兄様はブツブツ呟きながら歩いている。

 ふと周囲を見渡すと、話を聞いていた他の騎士たちも驚きに目を見開いていた。

 公爵家と大公家との結婚式だ。もうすでに帝都で話題になっているものだと思っていたのだけれど、誰も知らないみたいだ。疫病の関係もあってしばらく南部にいたからだろうか。


「ラウラ嬢。本当に、あの男――大公と、結婚するのか?」


 碧い瞳を見開いたアルベルト様が近づいてくる。

 頷いた私を見ると、アルベルト様は「そうか」と眉を顰めながら呟いている。


「よし」とユリウスお兄様が声を上げた。


「旅の予定はキャンセルするよ。それでラウラと一緒に帝都に戻る」

「ほんとうですか?」

「うん。妹の晴れ舞台に参加しないわけにはいかないからね」


 その後も騒ぎはなかなか収まらなかったけれど、ピーターやここ数カ月で打ち解けあった騎士たちからお祝いの言葉をたくさん頂いた。


 黄点病もひとまずの終息を迎え、私は晴れやかな気持ちのまま帝都に戻ることができた。


 ――でも、黄点病は一年後に再発するのよね。それまでに薬の開発を急いだほうがいいかもしれないわ。



    ◇◆◇



 ワープゲートでジルべに戻った私たちは、そのまま帝都に向かった。

 先にピーターから伝えられていたのだけれど、馬車で帝都の門を潜った瞬間、周囲を包み込むような人々の熱気が押し寄せてきた。


「聖女様、万歳!!」

「聖女様、万歳!!」


 まるで戦争の英雄が凱旋したかのような熱気と騒音だ。

 通りには多くの人々が集まっていて、花吹雪が舞っている。


 多くの人が待ち受けていた聖女が、疫病を収めて戻ってきたのだ。

 過ぎ去りし未来でも何度か経験したことがある光景だけれど、この熱気にはいまだに慣れない。


「アリシア、窓を開けてちょうだい」

「良いのですか?」

「ええ。これも、聖女としての務めだもの」


 アリシアが開けてくれた窓から顔を出すと、街路の脇からあわよくば馬車の中を覗き込もうとしていた子供と目が合った。手を振ると、驚いて飛び上がり、嬉しそうに振り返してくれた。


「聖女様だ!」

「聖女様、ありがとうございます!」


 私はただ微笑んで手を振っているだけなのに、民衆の熱狂は収まることを知らなかった。


 この後、私と第二騎士団は皇宮で、皇帝陛下に謁見することになっている。

 それが終わったら、今夜開かれる予定の舞踏会に参加しなくてはいけない。


 なかなかハードなスケジュールだけれど、これだけはこなさないと。


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