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56.雪(ゼブル視点)


 訓練場には剣同士がぶつかり合う音が響いていた。

 多くの騎士たちに見守られる中心で剣を振るっているのは、淡い紫の柔らかい髪の男と漆黒の髪の男。

 苦しそうな顔を見せているのは紫の髪の男で、相手の剣を防ぐので精いっぱいのようだ。

 対して漆黒の髪の男はまだ余裕が残っているようで攻撃を続けている。


 決着がついたのは、紫の髪の男の手から剣が離れて飛んだ瞬間だった。


 周囲で固唾を飲んで勝負の成り行きを見守っていた団員たちから、「おおー」と歓声が上がる。

 汗だくになりながらも手を差し出してきたカイルと、ゼブルは握手を交わした。


「お手合わせありがとうございます、団長」

「いい試合だった」

「まあ、私が一方的にいたぶられていただけのように思いますけどねー」


 カイルはそう言うが、ゼブルの手合わせにまともについてこられるのは、【青蘭騎士団】の中だとカイルぐらいだろう。因みにカイルの地獄の訓練メニューを息も乱さずにこなすことができるのはゼブルだけだったりするが。


「さて、では続けて特別訓練を行いましょうか」


 団員の中から「まだやるんすかー」という声が上がるが、カイルが笑顔を向けると静かになった。

 ゼブルはもう昼間だというのに、暗くなり始めている空を見上げる。


「雪が、降りそうだな」

「そうですね。まだ風が穏やかですが、夜になったら吹雪になるかもしれません」

「……もう、二月だからな」


 北部はもうすでに、どこも積雪で覆われている。ランデンス城の中は気温調節の魔法がかかっていて冬でも暖かいが、訓練場は指の先から凍えるような寒さだ。


(南部は、どうなんだろうか)


 北部では珍しくもない雪が、南部ではとても珍しいものらしい。

 雪なんてあまりいいものでもないのに、南部では雪が降ると子供が外ではしゃぎまわるとか。


(いや、でも雪にもいいところはあるか?)


 積雪の期間は魔物も滅多に現れず、隣国が攻めてくることもない。

 だから春に向けての備えも充分にできる。


 雪が溶ける前には帰ってくると言っていた少女の姿を思い出す。

 今頃、聖女の任務で南部にいるはずの、彼女のことを。


「……そういえば、公爵からの返事がまだだな……」


 正式に婚姻を結ぶためにはラウラの父であるボタニーア公爵の署名がいる。十二月前に手紙を出したのだが、その返事がまだ届ていない。


「雪で遅れているのか? それとも……」

「それとも、皇室が邪魔しているとか、ですかね」


 近くで聞こえた声に目を向けると、カイルが呆れた顔をしていた。


「心の声が漏れていますよー」

「…………」

「ボタニーア公爵家の、それも聖女との婚姻を皇室が黙ったまま許可してくれるんだろうか、とか考えていますか?」

「……ああ」


 ゼブルの口から出たのは重々しい声だった。


「婚約の時はまだ覚醒していませんでしたから特に邪魔はありませんでしたが、今回はどうでしょうね。もしかしたらこのまま、帝都から戻ってこないなんてことも――」

「いや、帰ってくる」


 別れ際、彼女は確かに言っていた。


「必ず帰ってくると、そう言っていたんだ」

「……そうですか。でも結婚式って四月の下旬でしたっけ? もし間に合わなかったら……」

「迎えに行く」


 即答すると、カイルは苦笑いをした。まるで答えなんて当然わかっていたというような顔だ。


「じゃあ団長の決意も聞きましたし、一緒に私の訓練に付き合っていきませんか?」

「良いだろう」

「団長も参加するようですし、いつもより訓練のレベルを上げた方がいいかもしれませんねー」


 団員たちの顔色がさらに悪くなったのは、言うまでもない。



    ◇◆◇



「今日も執務室で夕食を摂られるのですか?」

「……ああ」


 執務室で作業をしていると、夕食の確認に来た執事にジョンからそう問いかけられた。

 ラウラがいた頃は、夕食時には仕事を切り上げて食べていたけれど、彼女が帝都に行ってからは執務室で夕食を済ますようになった。最初の頃こそ食堂で食べていたのだけれど、ひとりだと物寂しいような気がしたからだ。


「今日もここに運んでくれ」

「かしこまりました。食後のお茶はどうされますか?」

「……飲む」

「ではご用意いたします」


 ジョンが執務室から出て行ったのを確認すると、ゼブルは小さなため息を漏らした。


 両親が亡くなってから、食事はいつも一人だった。最初の頃こそ寂しくて、それこそここ二カ月ほど感じている物寂しさのようなものを感じたりはしていたけれど、それでもすぐに馴れた。あの頃はまだ十歳だったが、戦場に立つための訓練や実践などで忙しくしていた、というのもあるだろう。


 でも、あれから十年以上経って、久しぶりに誰かと一緒に食事を摂るようになってから、その物寂しさが増えてしまったように感じるのは、なぜなのだろうか。


「…………今年は雪の被害も少なそうだな」


 考えるのをやめるために書類に目を落とした時、執務室の扉が勢いよく開いた。

 灰色の瞳を向けると、そこには慌てた様子のカイルが立っている。


 そんなカイルの口から出てきたのは、予想していなかった言葉だった。


「暗黒の森で、魔物が大量発生しているようです!!」


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