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53.疫病

 黄点病。

 それが南部から始まった疫病の名称だった。


 最初は風邪と同じような症状だったことから、主に冬に流行する病だと思われていたのだけれど、苦しんで亡くなった死者の体に黄色い斑点が残っていたことから、ただの風邪ではない可能性が浮上した。

 その為、医者や回復魔法士による病の治療と並行をして、病の発生源の調査が行われた。


 黄点病が発生源がキバナであることがわかり、帝国は病が外から持ち込まれた可能性が高まり、病が発生した時期に港にやってきた貿易船を調査することにしたのだ。

 貿易船の乗組員や積荷まで、皇室騎士団による調査が行われた。


 それだけなら特別珍しいことではないのだけれど、ボタニーアにとっての災難は、数ある貿易船の一隻にたまたまユリウスお兄様が同乗していたことだろうか。

 ユリウスお兄様は国から国に渡る時、商人たちに紛れることが多いらしい。今回も外国に行って、戻ってくるときに貿易船に乗船させてもらったのだろう。そして、それがたまたまキバナで黄点病が広まった時期に重なってしまった。

 そのうえユリウスお兄様は――。


「おまえはっ」

「やめてよ、カルロス。暴力反対だぞぅ」


 キバナ領主邸の応接室で、カルロスお兄様がユリウスお兄様の胸倉を掴んでいる。


「お兄様、おやめください」

「……チッ。一応聞くが、おまえじゃないよね?」

「うん、違うよ」


 手を放したカルロスお兄様が舌打ちをしながら訊ねると、ユリウスお兄様は穏やかな笑顔でそう答えた。

 傍にいたピーターが私に訊ねてくる。


「本当にこの方が、ボタニーア家の次男なんですか?」

「ええ」

「それにしては、髪色が――」


 ユリウスお兄様は社交界の――特に女性の間では有名だ。珍しい白い髪に、白い眼差しの儚さに、見た目の良さだけが独り歩きをして貴族令嬢たちはユリウスお兄様のことを持ち上げている。だから貴族の多くはボタニーア家の次男の容姿は良く知っている。

 それもあり、ピーターは驚いているのだろう。

 だっていまのユリウスお兄様の髪色は、白ではなく黒なのだから。


「ユリウスお兄様は外国にお出かけするとき、髪の毛を黒く染められるの」

「ああ、なるほど。白い髪だと旅先でも目立ちますからね」


 納得したようにピーターが頷いている。

 貿易船に同乗していた不審な黒髪の男が、ボタニーア家の次男を名乗っている。事情を知らない人からしたら怪しいものね。でもカルロスお兄様ならその話を聞いたとき、すぐ本人だということがわかっただろう。ユリウスお兄様は回復魔法もすこし使えるから。


 解放されたユリウスお兄様が近づいてくる。


「久しぶりだね、ラウラ」

「お久しぶりです、お兄様」

「そういえば噂で聞いたよ。……聖女の力を覚醒したって」

「はい。私が当代の聖女だったみたいです」


 ユリウスお兄様の白い瞳が細くなる。


「そう。…………そうか。それは、喜ばしいなぁ」


 物憂げな表情は一瞬のことで、ユリウスお兄様はすぐに穏やかな笑みに戻った。


「おめでとう、ラウラ。でも、いくら誰よりも多い魔力を持っているからといっても、くれぐれも無理だけはしないで。……お母様みたいに」

「お母様みたいに?」

「いや、お母様も立派な聖女だったからね。ラウラのことが誇らしいんだ」


 一見するととても晴れやかな笑みなのに、その瞳はどこか不安げに揺れているように見えた。



 いくらユリウスお兄様が貴族だと言っても、疫病の発生源の調査は続けられるだろう。ボタニーア家の血筋だから無理な調査はないだろうけれど、いますぐ解放することは難しいとピーターから伝えられた。

 でも未来を経験した私は、ユリウスお兄様が潔白だということは知っている。

 過ぎ去りし未来でも調査を受けたユリウスお兄様は、確保されてから一か月後には解放された。黄点病の病原菌を運んできたのが、違う貿易船にたまたま紛れ込んできた鼠だということが判明したからだ。


「あの、ピーター」

「なんでしょうか」

「病原菌だけれど、誰かが運んできたものだと思っているの?」

 

 私の質問にピーターは嫌な顔一つせずに答えてくれる。


「その可能性があるというだけです。いままで帝国にはない病気でしたので」

「そう。でも、もしかしたらなのだけれど、たまたま紛れ込んできただけかもしれないわよ」

「というと?」


 不思議そうな顔で、私の言葉の意味を考えているピーター。

 私は考える素振りを見せながら伝える。未来の出来事を細かく伝えると怪しまれてしまうだろう。だから少しだけでも調査の役に立つといいなと思いながら。


「たとえば、積荷に動物が交じっていたとか」

「動物ですか?」

「うん。小さな動物とかだったら乗組員も気づかないんじゃないかしら」

「小さな動物……。そうですね。調べるように、提案してみましょう。ありがとうございます」


 ピーターはそう言って白い歯を見せて笑った。その邪気のない笑みだけ見るとまだ若く見えるけれど、これでもピーターは三十歳を超えている。結婚もしていて、三歳の息子もいたはずだ。ピーターの妻と息子は帝都で暮らしているから疫病の心配はないだろう。


「これから、忙しくなりそうね」


 聖女の力で一瞬で町ごと病を治療できたらいいのだけれど、いくら聖女の力でもそんな芸当はできない。だから地道に治療していくしかないのだ。


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