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47.怒り


 これは、いったい何なんだろうか。

 ついさっき二人の令嬢から聞いた話が、脳裏を巡っていく。

 それだけで、頭のなかか熱くなる感覚がある。

 わかっていることは、いますぐ彼女(・・)に会わなくてはいけないということ。


 ドレスで歩くのももどかしくて、急ぎ足になりそうなのをぐっと堪える。

 聖女として、無様な姿を晒すわけにはいかない。


 ざっと会場内を見渡すだけで、ローズピンクの派手な髪色はすぐに見つけられた。どうやらカルロスお兄様やクララと一緒にいるようだ。私も三人に近づいていく。

 こちらから声を掛けるよりも先に、彼女が私の姿に気づいた。


「あら、ラウラ。おめでとう。覚醒できてよかったわね」


 リーズはそう言って微笑んだ。そっと彼女の隣にいるクララの様子を確認すると、どこか暗そうな顔をしている。


「ありがとう、リーズ。ちょうど聞きたいことがあって探していたの」

「あら、何かしら?」

「――ニセモノ聖女。この噂話をご存じかしら」


 リーズの顔が強張る。


「突然どうしたんだよ。そんな噂話、無視しておけばいいのに」


 カルロスお兄様は困惑していたけれど、いま説明している時間はなかった。

 私はリーズに向き合う。先ほど聞いた話を思い出しながら。


「私は北部にいたから知らなかったのだけれど、帝都の社交界では面白い噂が流れていたのね。クララが聖女を自称しているって」

「お、お姉様、あたしはそんなこと言っていません」

「ええ、知っているわ。お兄様が教えてくれたもの。クララはそんなこと言っていないって。――でも、それならどうしてこんな噂が流れたのかしら」


 あなたはご存知?

 そうリーズに問いかけると、彼女は頬に手を置いてため息を吐いた。


「あら、私も知っているわよ、クララが聖女を自称していないって。クララから聞いていたから。こんな根も葉もない噂を流したのは誰なのかしらって、私も心配していたの」

「そう。あくまでもそう言うのね。じゃあ、いまから名前を言う二人のご令嬢はご存知?」


 先ほどニセモノ聖女の噂をしていた二人の令嬢の名前を挙げると、リーズの顔から一瞬だけ笑みが消えた。すぐ取り繕ったけれど、やっぱり彼女は知っているんだ。


「彼女たちの話を聞いてとても驚いたわ。クララが聖女を自称しているニセモノ聖女だって、そう言いふらしている人の名前を聞いてね」

「へ、へえー、誰かしら?」

「あなたの名前よ、リーズ」


 リーズの顔がみるみる青くなる。


「それは、本当なのかい、リーズ」

「いいえ、違いますわ、カルロス様。きっとラウラの勘違いです」


 リーズが甘えた声を出す。カルロスお兄様はため息を溢した。


「もう少し噂を精査する必要があるね。いま憶測だけで話すわけにはいかないよ」

「そうよ、ラウラ。そのふたりが嘘を言っている可能性もあるじゃない」

「あの令嬢方が私に対して嘘を吐いたのなら、それはそれで別の問題が起こるわね。私は今日、正式に聖女として皇太子殿下に認められたの。聖女は皇族の次に尊い存在。私に嘘を吐くのは重罪なのよ」

「な、何を言っているの?」


 まだリーズはわかってないようだ。

 皇族に嘘を吐いたことがバレた場合、不敬罪として捕まるだろう。それと同じことが聖女にも適応することができる。


 私の言葉の意味を理解したカルロスお兄様が、目を見開いてこちらを見る。


「でも、カルロスお兄様の言っていたとおり、きちんと噂を調べる必要があるわね。だからいますぐあなたを問い詰めることはしたくないわ」

「ラウラ、あなた聖女に選ばれたからって、随分と大きな態度をとるのね」

「リーズ」


 真っ赤な顔で私に近づこうとするリーズを、カルロスお兄様が慌てて止める。

 でもリーズはまだ理解できていないようだ。それはもしかしたら幼少期から、自分もボタニーアの遠い血を引いているから聖女に覚醒するだろうという自信があったからなのかもしれない。その夢は潰えたけれど、彼女はまだ夢を見ているのだ。


「ラウラ、すまない。少しリーズと話してくるよ。今日はせっかくの舞踏会なんだから、楽しい空気を壊したくないだろ」

「……ええ、そうね」


 リーズはまだ何か言いたげだったけれど、カルロスお兄様に窘められながら会場を後にした。


「……お姉様」


 恐るおそるといった様子で、クララが近づいてくる。彼女の手をギュッと握る。多くの人の前で彼女を抱きしめることはできないけれど、少しでも妹を安心させてあげたかった。


「あなたは私の大切な妹よ。私はあなたのことを何よりも信じている。それはこれまでも、これからも変わらないの。だから、何かあったらひとりで抱え込まないで相談してね」


 クララは、目尻に涙を溜めながらもはにかんだ。


「もちろんです、お姉様」


 ふと過ぎ去りし未来でのことを思い出す。

 皇太子の婚約者として華々しく社交界デビューしたクララは、しばらく経つといまのように愛嬌のある笑みを見せなくなった。

 そして何がきっかけだったのかいまから知ることはできないけれど、彼女は過剰な食事制限するようになって、手足が枝のようにやせ細り、何度も貧血で倒れていた。過去に戻ってきたいまその理由を知ることはできない。彼女が何に悩んで何に憂いていたのか。

 私は忙しいことを理由に、調べることもしていなかったから。


 ――お姉様にはわからないのです。


 過ぎ去りし未来でクララから言われた言葉がよみがえる。


 これから聖女として任務に赴くことになったら、またあのような未来が繰り返されるかもしれない。

 でも、せっかく過去に戻ってきたのだから、これからはなるべくクララの様子を気にかけてあげたいと思った。


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