44.捜索隊
狩猟祭の一日目の夜に戻ってこない参加者を探すため、私たちは早朝の森を駆けていた。
私は本来ならこの捜索隊に参加することはできなかっただろう。だけどどうしても一緒について行きたくて、レオナルト様にお願いをしていると、そこに回復魔法士であるフィル先生の助け船が出された。どうやらフィル先生はランデンス城所属の回復士として、けが人がいた時のために捜索隊に同行する予定だったのだ。そこで弟子である私も助手として実技指導を兼ねて付いてくることができた。
アリシアも渋っていたけれど、傍から離れないことを条件に、私は彼女の馬に同乗している。
コーディの案内で黒竜が出没したところにやってくると、そこは息も凍りつきそうなほど寒い場所だった。
「どうしてこんなに寒いのだ」
先頭にいるレオナルト様が馬を止めて、白い息を吐いた。
私も思わず両手で自分の体を抱きかかえる。周囲にいる騎士や兵士たちも心なしか寒そうにしている。
「大丈夫ですか、お嬢様」
一緒の馬に乗っているアリシアの言葉に頷く。
「きっとこれは団長の魔法です」
「ゼブル様の魔法……それって、氷魔法のこと?」
氷魔法。隣国のルティーナ王国の王族が保有している能力だ。王族の血を引いているゼブル様もその魔力を持っていると耳にしたことがある。過ぎ去りし未来では実際に目にする前に、ゼブル様は戦死してしまったのだけれど。
周囲を見渡すと、ところどころ凍りついている木々もあった。
「団長が魔法を使ったということは、よっぽどの緊急事態だと思われます」
「そうなの?」
「はい。氷魔法は魔力の消費が激しいのと、副作用があるので団長はあまり使われません。ですがここまで木々が凍りついているのを見ると、きっと相当な戦闘があったのでしょう」
「――そう、なのね」
氷魔法の副作用とはいったい何なんだろう。
「コーディ卿。本当にここで在っているのか?」
「はい! 確かにこの辺りでブラックドラゴンと対峙しました」
「そうか。大公たちはどこに行ったんだろうな」
周囲を見渡すが、ゼブル様やアルベルト様はもちろんのこと、他の騎士団のメンバーの姿も見当たらない。
その時、ふと視界の隅にあるものが映った。目を凝らすと、木に刺さったそれは弓矢のようだ。
「アリシア、あそこに弓矢があるわ」
「弓矢ですか?」
目を凝らしたアリシアが、強張った声を出す。
「あれは青蘭騎士団の弓矢ではありません。たしかあれは隣国の――」
「殿下! こちらに来てください!」
周囲を捜索していた騎士のひとりが慌てた声を上げて、レオナルト様を呼ぶ。
そこに向かったレオナルト様は、目を見開いて固まっている。
「これは――ブラックドラゴンか」
アリシアとともにそこに向かった私も思わず言葉を失った。
黒竜の死骸がそこにはあった。前に傷を治したホワイトドラゴンの子供よりもはるかに大きいのに巨体は見るも無残な姿を残している。翼はなく前足も切り落とされていて、首も地面に落ちている。そのどれもが凍りついていて、まるで氷の彫像のようだ。
「これを、ゼブル様が?」
「そのようですね」
啞然としているのも束の間、今度は別の方角から声が上がる。
「殿下、こっちです! 複数の兵士の死体と、あの青い服は――」
「アリシア!」
目の前で水色の髪が揺れる。アリシアは私の呼び声よりも早く馬で駆けていた。
木々を避け、少し丘になっているところを駆け上がり、少しひらけたところで私たちが見たのは――美しくも惨憺たる光景。
たくさん転がっている、凍りついた兵士の彫像。――いや、あれは氷の彫像ではなく、死体。腕が割れたり、胴体が割れたりしているけれど、凍っているからか血の生臭さは感じない。一見すると氷の置物が散乱しているように見えるけれど、それは明らかに死体だ。
凍った死体は隣国の兵士と思われる鎧を着ている。その複数の死体のなかに青い騎士服を着た人間はいないようだ。
はっと目を見開いたアリシアが、震える指である一点を指し示す。
「お嬢様、あちらを」
アリシアの指の先には大きな木があった。その木に凭れかかるようにして、青い騎士服を着た人物が顔を伏せている。その髪色は闇夜を黒く塗りつぶしたような漆黒で――。
気づいたときには馬から飛び降りていた。背後でアリシアが止める声が聞こえるが構わず走った。後先考えない行動なんて戦場では役に立たないのに、この時の私は冷静ではなかった。
木に凭れている人物に近づいて、その頬に触れる。指先から凍りつきそうなほど冷たい。息はしているのだろうか。口元に手を持っていくが吐息を感じない。腕を取って脈を測りたいのに、凍ったように冷たくてよくわからなかった。
ゼブル・ランデンス大公。彼が死ぬのは二年後の戦争だと思っていた。だからどんな魔物が出ても、襲撃を受けたって死ぬことはないんだと、そう思っていたのに。
――もし私の行動のせいで、未来が変わってしまったのだとしたら?
頬に冷たいものが流れていく。涙は凍りついたように冷たかったが、止まらなかった。
「ゼブル様」
絶望に打ちひしがれたとき、周囲に温かい気配を感じた。
いや、これは胸の内からだ。胸の内から温かいものを感じる。
目の前が白く光る。ゼブル様の指先がすこし動いた気がした。
過ぎ去りし未来。本来なら、あの広場で感じていたはずの、あの感覚。
過去に戻ってきてから初めて感じる感覚。
これは、確かに――。
辺り一帯を包むような光を感じた時、私は意識を失っていた。