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41.結界(ゼブル視点)


 狩猟祭が始まってから、【青蘭騎士団】のメンバーは数人に分かれて行動をしていた。暗黒の森でひとり行動はとても危険なので、必ず数人で行動するようにと狩猟祭の参加者全員に周知している。

 ゼブルはコーディともう一人の騎士とともに行動していた。


「団長、なんか変じゃないですか?」


 コーディがそんな声を上げたのは、森の奥の方に向かっていた時だった。


「結界があるのに魔物の数が多くないですか? 普通の動物もほとんど姿を見かけませんし」

「確かに、そうだな」


 魔物除けの結界はすべての魔物に効果があるわけではない。結界に引っ掛からない程弱い魔物は普通に通り抜けられるし、逆に力が強すぎる魔物の場合は結界を物ともしないだろう。

 だけど普段の魔物除けの結界なら、もう少し魔物の数が少なくてもおかしくはないはずだ。それなのに森に入ってから二時間ほどでに十匹以上の魔物を狩っている。そのほとんどが結界に引っ掛かることのない雑魚ばかりだけれど、それでも結界があるにしては数がいささか多い。


「結界を確認しに行くぞ」


 騎士団に所属する魔法士がかけた結界は頑丈なものだ。通常時なら一カ月は持つはずなのに。もしかしたら結界に不具合が発生しているのかもしれない。



    ◇



 結界のあるところまでは一時間ほどで到着した。その間にも魔物に遭遇したものの、ほとんどが雑魚だった。


「ああ、団長もいらしたんですね」


 結界の付近にやってくると、そこにはもうすでに先客がいた。

 【青蘭騎士団】副団長のカイルだ。ゼブルの姿を見て近づいてくる。


「魔物の数が多いので結界を確認しに来たのですが」


 カイルの顔は僅かに曇っている。どうやらゼブルの嫌な予感は的中したようだ。


「結界に綻びがあるようです。それもひとつではなくて、いくつも。このままだともしかしたら今日中にでも壊れるかもしれません。狩猟祭を中止にした方がいいかと」


 カイルの言っていることはもっともだ。結界が無くなれば狩猟祭どころではなくなるだろう。だが、暗黒の森の怖ろしさを知らない帝都の貴族たちは反対するかもしれない。


「結界は張り直せるか?」

「いまは魔法士たちがいませんから難しいでしょうね。私の魔法だと補助的なことしかできませんし」


 カイルは魔法の才もあるが、得意としているものは部分的な結界や防御魔法、それか強化魔法などの補助的なものだけだった。回復魔法や攻撃魔法は不得手としている。騎士の中には剣に魔法を込めて戦う者もいるけれど、カイルの場合は肉体強化が専門だ。

 暗黒の森に施した結界は専門的なものなので、魔法士の力を借りなければいけないけれど、魔法士は狩猟祭に参加していない。


「とりあえず万が一に備えて、団員を集めてくれ」

「狩猟祭はどうしますか?」

「もうすぐ夕方だ。すぐに狩猟を中止にするのは難しいだろう。早めに城に戻って、皇太子殿下に明日の狩猟を中止にできないか掛け合ってみる」

「わかりました。では狩猟祭に参加している騎士たちを集めてきますね」



 カイルと数人の騎士が離れて行ってから二時間後――。

 狩猟祭に参加している【青蘭騎士団】の団員がゼブルの元に揃った。


「話は伝わっているとは思うが、結界に綻びが生じた。結界が壊れれば、雑魚だけではなく強い魔物も入ってくるだろう。各自、気を引き締めろ!」


 中には狩猟祭を中断されて不機嫌そうな顔をしていた団員もいたが、ゼブルの号令に全員の顔に緊張感が宿る。


「カイル。いまのうちに、結界の綻びが発生した原因を調べてくれ」

「わかりました」

「あ、団長。少しいいっすか?」


 結界に向かったカイルと入れ違いで、エリックが近づいてきた。


「これ言うかどうか迷ったんすけど、副団長が来る前に森の奥からきた参加者とすれ違ったんです」

「森の奥から? 誰だ?」

「カトレイヤ侯爵です。言葉を交わしてないのでどうして森の奥から来たのかはわからないっすけど」

「そうか。気に留めておこう」


 カトレイヤ侯爵。ゼブルが団長になる前――先代の大公が【青蘭騎士団】の団長を務めていたころに、騎士団に所属していた元騎士だ。もともと次男だったが、長男が不慮の事故でこの世を去ってから、後継者になるべく騎士を辞めたと聞いている。


 そして、前に夜会からの帰り道に、襲撃してきた暗殺者を雇った――と思われる重要参考人。

 証拠が不十分なのでまだ確証に至ってはいないけれど、調べたところによると一番可能性が高いとされている。


(結界の破壊も、カトレイヤ侯爵の仕業なのか? でも、なぜ?)


 結界を破壊しても、魔物の攻撃を受けるだけで、侯爵の得る利益なんてあるのだろうか?

 それに前回の夜会後の襲撃は、ゼブルではなくラウラを狙ったものだった。

 では今回の目的はいったい何なのだろうか。


(いや、考えるのは早計か。そもそもまだ侯爵が関係していると断定できない)


 その時。少しの間だけ思考に意識が持っていかれていて、気を抜いていたゼブルの全身の毛がビリっとが震えた。周囲にいる団員たちの間にも、緊張感が奔る。


 体を強張らせて周囲を警戒していると、それ(・・)はやってきた。

 強烈な気配とともに、間抜けな絶叫が響き渡る。


「誰か、助けてくれぇえええ!!」


 結界が、音を立てて割れる。その間から、長い金髪の男が馬に乗って現れた。


「皇子殿下!?」

「それよりも後ろを見ろ!」


 馬に乗って現れた第二皇子の、その後ろ。

 漆黒の空間に、森を震わす咆哮が響き渡る。


 強烈な気配とともに現れたのは、黒光りする暗黒の鱗を持った、ここにいるはずのない――ブラックドラゴンだ。


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