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36.開始

 悲鳴が響いた。城門の辺りにいた人々がそっと顔を逸らしている。

 なにかあったのだろうか?


「血よ、血濡れの大公様だわッ」


 誰の声かはわからないけれど、その言葉がやけに耳にこびりつく。

 はっと目を凝らすと、ゼブル様の着ている青い騎士服に、赤黒いものがべったりと付着している。遠くから見てもわかるほど大量の血だった。


 気づいたときには走り出していた。

 馬から降りてきたゼブル様と目が合う。その灰色の瞳は驚愕に見開かれている。


「ゼブル様!」

「……戻るのが少し遅くなった。狩猟祭は……まだ、始まっていないようだな」


 近づくと、青い騎士服についている血の量がよくわかる。これだけ血が出ていたら、立っているだけでも奇跡だ。

 ゼブル様が近づいてくる。その足取りは思ったよりしっかりしている。


「お怪我は、ありませんか?」

「もちろんだ」

「その血は?」

「返り血だ。帰る途中で、襲撃に遭ってな」


 それで少し遅れたんだ、とゼブル様が吐きだすように言う。

 襲撃犯は捕まえようとしたがその前に自決してしまったらしい。

 ホッと胸を撫でおろすと、緊張が緩み余裕ができた。


「ご無事でよかったです」

「ラウラ嬢からもらったリボンのおかげだ」


 そう言ってなぜかゼブル様は誇らしそうに腰に下げている剣を見せてくる。白銀の剣を収めている鞘に、私が渡した青色のリボンが結ばれていた。


「オレが不在の間、なにか変わったことはなかったか?」

「――はい。特に問題はありませんでした」

「そうか」


 ふと周囲を見渡すと、みんなの視線が私たちに向いていた。

 ゼブル様が眉を顰めてどこかを見ている。目線の先を辿ると、アルベルト様がいた。

 長い金髪がそよ風に舞い、髪の間から覗く碧い瞳がこちらをにらんでいるように見えた。


「まだ開始まで時間があるようだな。着替えてくる」


 そう言うと、ゼブル様は城の中に入って行った。



    ◇◆◇



 狩猟祭に参加する貴族の数は、過ぎ去りし未来よりも少ないようだった。

 ランデンス領が北部のなかでもさらに辺境にあり、魔物の襲撃などの不安から参加を辞退した貴族が多いらしい。だけど代わりに、普段は季節の行事に参加することが少ない北部の貴族が参加している。


 その中でも特に異彩を放っていたのが、青い騎士服を着た【青蘭騎士団】だった。

 広場には妙な緊張感で包まれていて、そこにいる人の多くの視線が馬に跨った青い騎士服に注がれていた。普段から魔物や敵兵と戦っているだけあって貫禄があるのだろう。

 多くの人の眼差しには好奇心や期待が宿っているけれど、陰で笑っている人もいる。


 その広場に黄色い声援が響く。馬に乗ったアルベルト様とレオナルト様が現れたからだ。レオナルト様は端正な顔を歪めることなく前を見据えているが、反対にアルベルト様は笑顔を振りまいている。彼らが着ているのは、赤とオレンジを基調とした皇室騎士団の騎士服だ。

 

「ラウラ!」


 皇室騎士団の服装をしたカルロスお兄様が馬に乗って近づいてくる。


「大公が戻られたと聞いたんだが、いまはいないみたいだね」

「服が汚れていたので、着替えに行っています」

「そうなんだ。狩猟祭前に、挨拶をしておきたかったんだけど」


 狩猟祭はもうすぐ始まる。

 二日に渡って開催される狩猟祭だけれど、暗黒の森は夜になると魔物が活発になる。いくら魔物除けの結界を張っていると言っても、すべての魔物に効果があるわけではないとゼブル様は言っていた。だから多くの参加者が暗くなる前に城に戻ってきて、また明日の朝、空が明るくなったら出発することだろう。


「ああ、そうだった。リーズのこともよろしくね。慣れない北部だから、久しぶりにラウラに会えるのを喜んでいるんだ」

「わかりました」


 カルロスお兄様は「じゃあ」というと、アルベルト様のところに向かった。


 角笛の音が響いた。

 一度目の角笛の音は準備の音だ。二度目の音が狩猟祭開始の合図となっている。


 北部で初めて開催される狩猟祭。

 それに胸を高鳴らせる者や不安に感じる者。勝利を望む者や、それを見送る者。

 多くの思いを込めた人々の熱気が広場に充満したとき、また角笛の音が響いた。


 開いていく城門から、参加者が乗った馬が蹄鉄の音を鳴らして駆けていく。


「ゼブル様は」


 ゼブル様の姿が見えない。もう行ったのだろうか?


「お嬢様、あちらです」


 アリシアが指したところに、漆黒の髪を見つけた。

 馬に乗ったゼブル様が近づいてくる。


「待たせたようだな。では、行ってくる」


 彼の帯刀している剣の鞘には、私が渡した【青蘭騎士団】のシンボルが刺繍された青いリボンが結ばれている。


「ご無事で」

「ああ、もちろんだ」


 意思のこもった灰色の瞳と見つめ合う。

 ぐっと顎を下げるように頷いたゼブル様が、多くの参加者から少し遅れて、馬に乗って駆けて行った。


 私はその背中が見えなくなるまで見送った。


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