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34.晩餐会

 晩餐会用の会場は、いつも食事をしている食堂よりも大きな広間だった。

 扉の前に立つと、深呼吸をして心を落ち着かせる。私は広間の中に入った。


 まだ全員は揃っていないようで、私は賓客に挨拶をしながら自分の席に向かう。

 案内されたのは、中央の席――主催でもあるランデンス大公が座るテーブルだった。今日はゼブル様は不在なので、主催用の席は空白のまま。私の席は主催用の右側だ。

 先にジョンからテーブルの配置を聞いているのだけれど、私の向かい側がレオナルト様でその隣がアルベルト様、私の左隣の席がクララになるらしい。


 まだ三人は来ていないようで安堵の息が口から出る。クララはともかく、まだ二人の皇子と顔を合わせることに緊張がある。

 息をつくのも束の間、広間の中にピリッとした空気が立ち込める。

 顔だけで見ると、ちょうど入口からレオナルト様とクララが入ってきたところだった。その後ろにはアルベルト様の姿もある。

 碧い瞳と目が合うと、アルベルト様はにっこりと人懐っこい笑顔を浮かべた。彼の笑顔に広間に小さく黄色い歓声が広がる。ピリッとした空気は霧散していた。


 私はわざとらしくならないようにそっと視線を逸らす。

 中央の席までやってきた三人は、それぞれの席に腰かけた。隣のクララが私を見て嬉しそうに白に近い菫色の瞳を細めるが、すぐに淑女の慎みを思い出したのか口に微笑みを湛える。

 向かいにやってきたレオナルト様は私に目を向けることなく席に座った。貴族たちに軽く挨拶を済ませたアルベルト様が少し遅れて席に座る。


「ラウラ嬢、ひさしいな」

「……こちらこそ、御無沙汰しております」


 アルベルト様の言葉に、顔が引きつらないようにして応える。

 それからほどなくして招待された貴族が揃い、晩餐会が始まった――。



 しばらくは静寂の中、黙々と食事が進んでいた。

 いつもはゼブル様と夕食を共にすることが多い。

 久しぶりに大勢での食事の時間だからか、それともアルベルト様がいるからか、食べている料理の味はいまいちわからない。


 こんなに息の詰まる食事は久しぶりだ。広間に大勢いるのに、私たちのテーブルだけ妙な静けさに包まれている。他のテーブルからはたまにちらほらと小声で話す声が聞こえてくる。おそらくこのテーブルに座っているほとんどの人が、皇族が言葉を発するのを待っているのだろう。


 レオナルト様は無言のまま、ただ食事を続けている。

 左横にいるクララの様子を窺うと、チラチラとレオナルト様に視線を送りながらも、どこか暗い顔でフォークを口に運んでいた。でも何かを決心するようにギュッとフォークを握りしめて微笑みに戻る。


「なんだか辛気臭い席だな。みんなもっと話してもいいんだぞ。せっかくの晩餐会なんだから」


 静寂を打ち破ったのは、アルベルト様の一声だった。

 重たい空気が一瞬でなくなり、他のテーブルでも控えめに行われていた会話がより鮮明になる。

 愛嬌のある笑顔に、貴族女性の多くがにこやかな笑顔になる。クララもどこか安心した様子を見せていた。


 私はそんなアルベルト様の笑顔を見て、胸の奥が痛んだ。過去に戻ってきて三カ月も過ぎているから、もう忘れてしまったと思ったのに。過ぎ去りし未来でいつも優しく接してくれていた作り物の笑顔。蔑んだ碧い瞳を思い出して、料理が喉を通らない。

 フォークを置くと、アルベルト様に声を掛けられてしまった。


「そうだ、ラウラ嬢。大公との婚約生活はどうだ? 北部は交通とかも発達していないし、なにかと不便だろう?」

「い、いいえ。ゼブル様にも、使用人や騎士団の皆さんにも良くしてもらっています」

「へえ、大公のことを名前で呼んでいるのか? 随分と親しくしているんだな。――いや、それもそうか。大公とはほぼ初対面で婚約したんだからな。なにか通ずるものでもあったのだろう」

「……はい」

「噂では血も涙もない戦闘狂だと言われているが、そこらへんも問題ないか?」

「はい。ゼブル様はとても親切な方ですから」


 私の返答にアルベルト様の顔が一瞬曇ったような気がしたけれど、すぐに笑顔に戻ったので気のせいだったのかもしれない。


「それにしてもラウラ嬢の婚約には驚いたよな。兄上も、そう思わないか?」


 無言で食事を続けていたレオナルト様は、アルベルト様の問いかけに手を止める。

 赤い瞳が一瞬私を見たが、すぐに逸らされてしまった。


「ラウラ嬢も適齢期だ。婚約者ができてもおかしくはないだろう」


 淡々とした言葉に、アルベルト様はどこかつまらなそうな様子だ。

 やれやれと肩をすくめると、誰も座っていない主催者用の席をに目を向ける。


「それにしても今日の晩餐会は残念だな。久しぶりに大公に会えるかとも思ったのだが、まさかの不在とは。狩猟祭には間に合うんだろうか」

「明日には必ず帰ると、伝令がありました」

「ほう。なら明日、狩猟祭で大公の剣技が見られるということか。こういう時でもないと、大公の技なんて見ることはできないし、楽しみだな」


 他の貴族たちも頷いている。

 私はふと、返り血でを浴びてもなお白銀に輝いていたゼブル様の剣のことを思い出していた。


「狩猟祭は二日に渡って開催されるからな。最悪の場合、明日は参加できなくとも、残り一日あれば大公なら優勝してくれるだろう」


 アルベルト様は碧い瞳を細めながら、楽しそうに言った。


「無事に帰ってくるといいな」


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