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32.再会

「また、城を空けることになった」


 その話を聞いたのは、【青蘭騎士団】が魔物の討伐から帰還した四日後のこと――廊下でばったり出くわした時のことだった。私の背後にはアリシアがいるけれど、ゼブル様はひとりだ。


「国境で不穏な動きがあるらしい。一カ月顔を出せていなかったからな」


 ゼブル様の強さは敵国でも怖れられているので、定期的に敵国を牽制するために国境に姿を見せることにしている。

 それは一カ月に一回ほどだけれど、国境に行くと一週間ほど城を空けることになる。


「狩猟祭までには戻れると思う。後のことはカイルとジョンに任せてあるから、ラウラ嬢はいつも通り過ごしてくれて構わない」

「……はい、わかりました」


 狩猟祭の前日には、皇族がランデンスに到着する予定だ。敵国は大公の首と同じぐらい、喉から手が出るほど欲しがっているだろう。

 だから万が一があってはいけない。北部で皇族が事故に遭ったりしたら、北部――特にランデンス大公に対する風当たりが強くなるかもしれない。

 北部の防波堤であるランデンス大公だけれど、その立場は固いものではない。


「あの、ゼブル様」

「どうした?」

「お渡ししたいものがあります」


 いつでも渡せるように持ち歩いていたリボンを取り出す。

 青色のリボンを受け取ったゼブル様の灰色の瞳が大きくなる。


「これは……」

「狩猟祭には伝統的な催しがあるみたいです。女性が自分の婚約者や家族に渡すものらしいのですが、せっかくなので私も時間があったので刺繍をしてみました」


 いかがでしょうか? そう目で問いかけると、ゼブル様の灰色の瞳が細くなる。


「【青蘭騎士団】の紋章だな」


 ランデンスの紋章であるランの背後で交差する二本の剣――【青蘭騎士団】の紋章の刺繍は意外と難しいものだった。


「青色は、無事を求むという意味があるみたいです。遠征での無事もお祈りします」

「ああ、必ず無事に帰還する」


 ゼブル様が戦死するのは、二年後のことだ。遠征や狩猟祭で彼が命を落とすとは思えない。それでも少しでも無事であってほしい。そう願いながら刺繍したリボンだ。

 それを大切そうに懐にしまうゼブル様を見て、なんだか少し胸をくすぐるような気持ちがした。



    ◇◆◇



 日にちが経つのは早いもので、狩猟祭はもう明後日に迫っていた。

 ランデンス領の賑わいが一段と増しているなか、私は城の前に立って人を待っていた。先日届いた手紙では今日の昼までには着くと書いてあったので外で待っているのだけれど、待ち遠しい気持ちだ。


「来たみたいですよ」


 アリシアの声と、馬の蹄鉄の音が響くのはほぼ同時だった。

 待ちわびていた馬車は私の前で止まると、護衛が扉を開けるのを待つことなく内側から勢いよく開く。


「お姉様!」

「あ、おい、エスコートを!」


 エスコートも待つことなく馬車から飛び降りたクララが、真っ先に私に抱き着いてくる。あれから三カ月も経っていて、皇太子妃になるための教養を学んでいるはずなのに、あまり変わらない妹の笑顔にホッとする自分がいた。

 クララから遅れるように、呆れ顔のカルロスお兄様も馬車から降りてきた。先に手紙で父であるボタニーア公爵は仕事で帝都に残ると書いてあったけれど、ユリウスお兄様の姿もないようだ。


「久しぶりだね、ラウラ。元気そうでなによりだよ」


 カルロスお兄様は近づいてくると、優しく微笑んだ。


「ちなみにユリウスはいない。あれからまだ領地にも帝都の邸にも戻っていないみたいだから、まだ旅を続けているんじゃない?」


 ほんといい身分だよねー。俺なんて騎士団の訓練や任務で汗水流してんのに。

 そうぼやいていたカルロスお兄様が、ふと私の背後を見て言葉を止める。


「……女性騎士、だよね?」

「【青蘭騎士団】のアリシア・ローレンスと申します。ラウラ様の護衛を務めています」

「カルロス・ボタニーアだ」


 騎士の敬礼をしたアリシアの挨拶に返事をしながらも、カルロスお兄様はたいして興味がなさそうだった。


「ああ、そうだ。俺も婚約したんだ」

「おめでとうございます。お相手は、ルクリエ家のリーズ嬢ですよね」

「ああ。ラウラも、幼い頃に会ったことがあるよね?」

「はい……よく、憶えています」


 ルクリエ家は伯爵家だ。ボタニーアの縁戚でもあり、領地が近いことからたまにボタニーア邸に遊びに来ていた。お母様の伯母様の孫で、ボタニーアの血筋を受け継いでいるのを誇らしく思っているようで、幼い頃は「私が聖女かもしれないわよ」と口にしていた。三つ上の歳だったから、よく「お姉ちゃんと思いなさい」とかも言われたっけ。

 そんな彼女は過ぎ去りし未来で私が聖女になったことを知ると、少し悔しそうにしていた。カルロスお兄様と婚約をしてからは表面上は落ち着いたものの、過ぎ去りし未来で私に対して当たりの強かった令嬢だ。たしか皇太子殿下の婚約者になったクララに対しても、社交界で当たりが強かったと思う。「将来の公爵夫人であなたの姉になるのだから」とかなんとかかんとか。社交界にほとんど顔を出していなかったので、よく覚えていないけれど。


「リーズが久しぶりにラウラに会えることを喜んでいたからさ、狩猟祭の間、話し相手になってくれないかい?」

「こちらでできた友人も一緒ですが、それでもいいでしょうか?」

「ああ、リーズは気にしないだろう。それも話しておくよ」


 ギュッと、私を抱きしめるクララの力が強くなる。


「もう、お兄様ばかりとお話ししないでください。あたしもいるんですよ」

「ごめんね、クララ。クララは元気にしていた?」

「もちろんです! 妃教育もがんばっているんですよ!」

「そう。でもいきなり抱き着いてくるのは、すこし淑女っぽくなかったわ」


 悪戯っぽくそう笑うと、はっとクララが離れていく。


「お久しぶりです、お姉様」


 スカートを軽くつまみ、会釈をする。その姿はなかなか様になっていた。

 

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