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29.決意

 木々を抜ける直前、ふと背後を振り返る。やっぱりここから礼拝堂は見えない。それなのにどうしてあの時は見えたのだろうか。それと強風が吹いたとき、聞こえてきたのは何だったんだろうか?


 少しの謎を残しながらも木々を抜けると、そこでエリックとカイルが揃って待っていた。

 私を見つけたエリックが、ゼブル様を見て驚く。


「え、団長と一緒だったんすか」

「団長、探していましたよ。仕事を抜け出して、もしかして逢引ですか?」


 カイルはいつもと同じ柔らかい笑みを浮かべているはずなのに、少し怖い。


「そういえばエリックから変な話を聞いたのですが、何かのペンダントが落ちていたとか」

「ああ、そうっす。て、あれ、ない?」


 地面を見渡して、エリックが首を傾げる。

 私はコホンと咳をすると、とっておきの話をすることにした。何やら隣にいるゼブル様から視線を感じる気がするけれど。


「エリックがカイルを呼びに行ったあとにね、カラスがやってきて、持って行ったの。ほら、カラスってキラキラした物が好きでしょ? あのペンダント、キラキラ光っていたから」


 カラス? とエリックがもう片方に首を傾げる。

 隣でカイルは納得した顔をしていた。


「ああ、そういえばカラスって、キラキラしたものを集める習性がありましたっけ。それにしてもなんのペンダントだったんですか? 私を呼びに来たエリックは、ペンダントペンダントとしか口にしていなかったんですよねぇ」


 どうやらカイルは、ルナティア教のペンダントだということを知らないようだ。エリックさえ誤魔化すことができれば、どうにかなりそう。


「カラスが持ってったのなら、いい、のか?」

 

 首を傾げながらも、エリックも納得したようだ。

 私の隣にいるゼブル様が問いかけてくる。


「カラスはどっちに行ったんだ?」

「あ、あっちですよ」

「そうか、森の方だな。まあ、持って行ってしまったものはしょうがない」


 嘘だって知っているはずなのに、どうしたんだろう。

 私と目が合うと、なぜか顔ごと明後日の方向を向いてしまった。


「なにはともあれ、ペンダントの件は片付いたんですよね? それでは団長、仕事に戻りますよ」

「ああ、そうだな」

「このままだと夕食の時間に間に合いませんからね」


 カイルに急かされたゼブル様が眉を顰めながら城内に戻っていく。



    ◇◆◇



 私の護衛騎士――アリシア・ローレンスが任務に復活したのは、温室(・・)での出来事ごとがあってから、数日後のことだった。


「長い間お休みいただいて、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。お嬢様、これまでよりいっそう身を粉にしてお守りさせていただきます」

「傷はもう大丈夫なの?」

「はい。問題ありません」


 騎士の敬礼する姿を見て、私は改めて安堵する。

 あの時――私を庇って怪我を負ったアリシアを助けることができなかった。聖女の力もなく、回復能力も少ない私に、できることなんてなかったから仕方がないといえば仕方がないのだけれど。


 それでも、あれから数日間、常に頭の中に靄が残っていた。

 いまの私はこのままでいいのだろうか? 聖女の力もなく、だからといって魔法が使えるわけでもない。唯一ある回復能力もまともに使えない。


「――アリシア、ごめんね。私の力では傷を治してあげられなくって」

 

 まさか私から謝罪をされるとは思っていなかったのか、アリシアは目をぱちくりとさせていた。


「どうされたのですか、お嬢様」

「私にある回復能力じゃ、あなたの傷を治せなかった」


 それがいまだに悲しくて、とても悔しかった。

 奥歯を噛み締める。


私は(・・)――お母様は聖女なのに、私には何もなくって」


 過去に戻ってきて、聖女の力がないことをこんなにも悔しく思ったことはない。

 聖女の力があったからアルベルト様やカルロスお兄様に利用されて、捨てられたのに。聖女の力なんて無いほうがいいと、思っていたはずなのに。


 いいや、違う。

 多分、違うんだ。


「……団長から話は伺いました。深い傷を負った私を、お嬢様が回復魔法で治してくれたと」

「それは違うわ。私はあなたの傷を治したかった。でもいまの私は魔力が少なくって、できたことといえばせいぜい毒を緩和させたことだけ」


 私に毒を消すことはできなくて、毒が体中に回らないようにするのがせいぜいで。

 だからもしあの時、医者が解毒薬を持っていなかったら、アリシアは助かっていなかったかもしれない。回復魔法士がいなければ傷も塞がっていなかっただろう。下手したら彼女の騎士としての生命を断っていた可能性さえある。


 過ぎ去りし未来で聖女として、多くの人を救ってきたことは私の誇りでもあった。

 でもいまの私はなんの力もない、ただの聖女の血筋を受け継ぐだけの、公爵家の娘だ。


「お嬢様」


 顔を上げると、アリシアはそれまで一度も私に見せたことのない顔をしていた。

 怒っていると直感した。


「お嬢様は私を助けてくれました。それは事実です。お嬢様の力がなければ、矢の毒は解毒薬では治らなかったと言われました」


 いつも護衛として一歩後ろに下がって私を護ってくれているアリシアが、近づいてくると座っている私の手を取って、地面に膝を付けた。


「お嬢様になんの力もないなんてありえません」

「でも私の回復能力は微々たるもので」

「そう思うなら、腕を磨けばいいのです。私は騎士になるために日々、多くの鍛錬を積んでまいりました。毎日毎日手にマメができてつぶれるほど何度も何度も剣を振って。血が出ても吐きそうになっても、騎士になるために毎日毎日鍛錬をしてきました。だけどそんな厳しい日々を嫌だと思ったことはありません。騎士になるのは私の夢だったからです」


 いまは騎士としての夢を叶えられたこととても誇りに思っています、とアリシアは微笑んだ。


「おかげで、憧れの【青蘭騎士団】に入団することができて、お嬢様の護衛騎士になることができましたから」


 いくら騎士の家系といっても、誰でも簡単に騎士になれるわけではない。

 特に女性であるアリシアにとって、その道はとても困難なものだったのだろう。


 それに比べて私は。

 ――ああ、もしかして私は、いままでずっと聖女の力に依存していたのだろうか。


 思えば、過ぎ去りし未来で聖女になった後、その力を磨こうと考えたことなんてなかった。自分には他人よりも特別多くの魔力があり、それを国や民の為に使うことが当たり前だと思っていたけれど――いま思えば、それは私の力というよりも、【聖女】の力でしかなかったのかもしれない。


 過去に戻ってきてからも、私はただ聖女の力を願うだけで、回復魔法の特訓なんてしなかった。


 いままでの私は、聖女の力に依存していたんだ。


「お嬢様、失礼を申し上げました」

「アリシア、ありがとう」


 自分が大それた行いをしてしまったと思ったのだろう。離れて行こうとするアリシアの手を握り返す。


「私、決めたわ。回復魔法の勉強をしようと思うの」


 過ぎ去りし未来で、聖女になる前、私は自分の魔力が少ないことを理由に、回復魔法の勉強は初歩しか勉強をしたことがなかった。誰も私の回復魔法に期待していなくて、やっても無意味だと思っていたから。

 そして聖女になってからは、回復魔法の勉強なんて無縁で、ただ自分の持っている能力を使うだけだった。


「私には魔力が少ないからと諦めていたけれど、それは言い訳でしかなかったのね」


 たしか、魔力は訓練で増やせる可能性があると、そういう話を聞いたことがある。

 だったら私にも、まだ可能性がある。


 どうせ過去に戻ってきたのだから。

 私も守ってくれるアリシアやエリックのためにも、自分の力がどこまで通用するのか、試してみたい。


「私、回復魔法士を目指してみるわ」


 自由に生きたいという夢とは、程遠くなってしまうかもしれないけれど。

 心の靄は晴れたような気がした。




お読みいただきありがとうございます。

第二章はこれで終わりです。

第三章の連載開始まで、しばらくお待ちください。

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