26.敵の正体(ゼブル視点)
夜会から数日後、ゼブル・ランデンスは執務室で頭を悩ませていた。部屋には副団長のカイルもいる。
話し合っているのは、カトレイヤからの帰り道に襲ってきた黒ずくめの集団のことだった。その正体がわからないままなのだ。
「私の方でもいろいろ調べているのですが、敵の手掛かりがないんですよねー。盗賊ではないようですし。暗殺者っぽいのですが、所属がわかるものも持っていなくって。隣国の刺客かと思いきや、そうではないようですし」
「今回、狙われていたのはオレじゃないからな」
灰色の瞳を険しくさせる。
ランデンスの紋章の入った馬車を狙う者は限られている。その多くは隣国からの刺客だ。盗賊は滅多なことでランデンスの馬車を襲おうなどとは考えない。
だから今回の賊も、隣国が関係しているのだと思ったのだが、ひとつ妙なことがある。
あの日、対峙した黒ずくめの集団は、馬車から出てきたゼブルを見て飛びかかってきた。でもほとんどがラウラのいる馬車に向かった。
ゼブルが標的なら、そんな行動はしなかったはずだ。
嫌な予感が的中したのは、遠くから馬車を狙って攻撃をした敵を見た時だ。
すぐに斬り捨てたが、攻撃を受けた馬車は倒れてしまった。すぐに「馬車から出ろ!」と声をかけたが、彼女が無事なのかがわからない。だから近くで一緒に戦っていたアリシアに、ラウラを連れて逃げるように命令をした。
まだ馬車に向かおうとする敵を白銀の剣で斬り捨て、逃げる時間を稼ぐ。
そのときにはもう、敵の狙いを悟っていた。
敵の狙いは、ゼブルの首ではなく、婚約者のラウラだ。
どうしてラウラが狙われているのかはわからないが、胸の奥が凍りつくように冷たくなる。感情的になってはいけないとわかっていたのに、つい魔力を使ってしまった。
運よく仲間を巻き込まなかったからよかったものの、怒りによる魔力の暴走は大惨事になりかねない。
思い出すだけで、胸がまた冷たくなる。
「どうしてラウラ嬢を狙っていたのでしょうね」
心当たりといえば、皇宮舞踏会でラウラに言い寄っていた第二皇子が怪しい。第二皇子はラウラを手中に収めようと必死だった。それが少し気に食わなくて、つい彼女との婚約の話に乗ってしまった。
だが、第二皇子が自分の婚約者にしようとしていたラウラを、攫おうとは考えても、殺そうとするとは思えない。隣国の場合も同様で、ラウラを狙う理由がわからない。
「そもそもオレたちが夜会に参加することを知っていた人間は少ない。いるとすれば、それは――」
カイルの顔が曇る。思い当たる節があるのだろう。
「夜会の招待状を送ってきた、カトレイヤですかね。カトレイヤ侯爵は自分の娘を団長の嫁にしたがっていましたし、可能性としてはあると思いますよ」
「……いや、まだそうとは限らない。あの夜会にいた人間なら、全員に可能性がある」
「そうですねー。それも含めてもう少し調べる必要があるでしょう。あーあ、捕虜がひとりでもいたらよかったのになぁー」
「……手加減している余裕がなかったんだ」
「ふーん」
カイルが怪しむ顔をしてくるが、あの場で手加減している余裕がなかったのも本当だ。
本来なら一人ぐらい捕まえて、尋問や拷問をしてでも敵の情報を吐かせたのだが、あの時のゼブルは魔力が暴走している状態。生かして捕らえる余裕がなかった。
「カイル。もう少し調べてくれ。人員はいくらでも使って構わない」
「はいはい。わかりましたよー。……ところで、これはどうするんですか?」
カイルが差し出してきたのは、今朝早馬で届いた書簡だった。しかも太陽のシンボル――皇室の封蝋付きの。
中はもう改めてあるが、こちらもゼブルを悩ませるに値するものだ。
「ったく、陛下はなにを考えているんだ。ランデンスで狩猟祭を開催しようだなんて」
「正直あの陛下がそんなことを考えるとは思えないんですよね」
「ああ、同感だ。陛下は、ランデンスの森や戦場の厳しさを知っているからな」
現皇帝は皇太子時代、先代皇帝の一人息子で唯一の皇位継承者であるにも関わらず、父親に戦場に送られた憐れな過去を持っている。
だからランデンスの森が、他の森と比べて魔物や動物の質が桁違いだということも知っているはずだ。
「誰かに唆されたのか?」
「しかもその書簡には、狩猟祭までに森の整備をするようにとも書かれているんですよね?」
「ああ。森の整備――魔物の討伐任務だろうな」
これは骨が折れる。
書簡に封蝋が押されているということは、これは皇室からの勅書だ。無視することはできない。
「念のために、皇室に抗議の書簡を送っておいてくれ」
「わかりました。すぐに手配します」
狩猟祭は、十月の下旬ごろに行われる。
ただでさえ先日の襲撃について頭を悩ませているってのに。
これから狩猟祭に向けて、魔物の討伐任務と、のんきに北部にやってくる貴族どもの相手をする準備をしなくてはならない。
「……そろそろ夕食の時間か」
ゼブルの呟きに、カイルがその柔和な顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そういえば団長、最近趣味が増えたらしいじゃないですか」
「趣味?」
「食後のお茶ですよ。これまで食事が終わったらすぐ仕事をしていたのに、どういう心境の変化ですか?」
「……別に、意味はない。食後ぐらいゆっくりしようと思っただけだ」
「へー」
意味ありげに微笑むカイルがなんだか無性に腹だたしかった。